365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

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どんな些末なことに対しても後悔を残さない、丁寧な生き方は「喜」

2020年10月10日(土)

今日も朝から雨の東京。
どうやら台風はそれて、完全に上陸の恐れはなくなったようです。

一安心。

私は今日も終日家に閉じ籠っていますが、家族は違います。
夫はふらふらお出かけ、長女は久しぶりのバイト、そして次女は学校から予備校へと、なにやら忙しい様子。
他人事ながら(他人ではないけど)、天候は気になります。


一人閉じ籠っている私ですが、今日は家にいるべき理由がありました。

・予約しておいたお菓子が宅配便で届く。

・正午からお菓子の予約電話をしなければならない。


この二つの用事のため、家を空けることができなかったのです!

まさにお菓子に支配されています。。。


それもこれも、すべては「後悔」しないためです。

どんな小さなことでも、やりたかったこと、やろうと思っていたことを逃すと、後々後悔することになります。

「後悔」とは人によってかなり感じ方が違うものともいえます。

過ぎたことはクヨクヨせず、きれいさっぱり忘れて前に進める人。

後悔がいつまでも心の中に残り、それが澱のように溜まってしまう人。

私はいつだって「後ろは振り返らない」と、自分に言い聞かせて生きてきました。

後ろにも目がついているからでしょ?

などと、友人からは笑われていますが、ついているわけではありません。ただ、ちょとばかり小賢しいだけです。





とにかく、そのおかげで数々の失敗にもめげず、自分の中ではわりと上出来と思える今を生きていますが、それは「後悔を残さない」ということに、並々ならぬ情熱を持ってきたからなのです。

「後悔」というのは、やらなかった後悔と、やってしまったばかりに失敗した。。。という後悔があります。

私の場合はやらなかったことによって、その後悔が心の中で黒い霧のようにモヤモヤと自分の心を曇らせることがわかっているのです。
つまり、後に残る後悔です。

だからこそ、いつも一か八かでやってみるのです。その結果、失敗も数知れず。。。
もう、安易になんでもやろうとせずに、やらない選択というのもしてみるべき。。。
そう思っていた時期もあります。

しかし、それは私にとっては間違っていました。

それは、やったことによって生じる後悔は、やらなかった後悔よりも遥かに軽症で、すぐに忘れられるということが、長年の経験で分かってきたのです。

ただし、これは人によって答えは違うように思います。
人の性格、持って生まれた資質は千差万別。そうしたことを加味すれば、どうしたら後悔を残さずにすむか?その答えもまた異なるということなのです。

どうしたら、自分にとって最善の方法を知ることができるか?と言えば、やはり自分で経験するしかないでしょう。

失敗しても、後悔しても、一度経験することで、自分の心がどんなふうに揺れ動くか、よくわかるはずです。

自分のことは自分が1番よく分かっている。

よくそんなことを言う人がいますが、案外わからないものです。しかし、経験することによって、自分自身をより知ることができます。





人生とはまさに「選択」の連続です。
どちらの道をとるか?
それによって、自分の運命は変わるのか否か?

そんなことは誰にもわかりません。神様でさえ、人間のそんな些末に頓着はしていないでしょう。

ただ、見えない未来に、なんの保証もない未来に対して、私達はなんのヒントもなく、ただ予想だけで選択をしなければいけないのです。

その結果、自分が幸せになるか、不幸になるか、その責任すら自分に課せられるのですから、生きるとは大変なことです。。。

ただ、自分が責任を負うのなら、自分で生きる道を決める「自由」があるということです。

自由に選択した結果の後悔なら、ありがたく受け入れ、さっさとポイ捨て。
どんなにたくさんの後悔に見舞われようが、私にとってはやったことに対する後悔は、ゴミ同然です。

そうとはいえ、後悔など誰もしたくはありません。それは私も同じことです。

そのためには、どんな些細なことでも、きちんと考えて選択すること。
ミスをしないよう、全力を尽くすしかありません。

全力を尽くすというのも、ものすごく大層な感じですが、自分自身が「やれるだけはやった」と、感じられればOKなのです。

だからこそ、私は家にいたのです!


この雨の中、配達をしてくれる業者さんから、いち早くお菓子を受け取ること。

そして、かつてのチケットピア並みに繋がらないであろう、人気菓子の電話予約を制するために。





お菓子案件は、人の人生を語るほどの一大事ではありませんが、この小さき一つ一つのことを丁寧に選択していくことこそ、意味があるのです。

私達の一日は言ってみれば小さな出来事の集合体のようなものなのですから。

人というのは慣れる生き物です。その一つ一つをおざなりにしていると、やがてそれが習慣となり、細かいことに目がいかなくなるものです。

お掃除に例えれば、大きなゴミばかりを拾っているうちに、塵や埃が薄っすらと積もって、やがてひどい汚れに変化すると言った感じでしょうか。

それと同じで、些細なことでの後悔を繰り返していると、それに慣れてしまうのです。

慣れてしまえば、そもそも後悔を感じるほど心に痛手を負うこともないだろう。

そう考えられる人は、それでOKです!

しかし、そうでない人もいます。
どんな小さなことでも「悔しい」と後悔してしまう私のような人間にとっては、その都度「悔しい!」とイギーッとなること自体がダメージになるのです。

こんなイギーッとなる瞬間を少しでも減らすために、私はたかがお菓子に全力を尽くすのです。


そんなわけでは、本日はたとえ小さな後悔もするまい!と、一日家でお菓子を待ったり、電話をしたり、その合間にブログを書いたりして過ごしました。

一人だったので、お腹は空いていたものの、お昼を食べ損なってしまったので、夕方には力尽きましたが、ちょうど帰宅した夫が、空腹のためにグッタリとしている私を見て、

「これはまずい!機嫌が悪くなる前にどうにかしなければ!」

そう思って逃げ出したと思ったら、近所のインド人のおじさんがやっているレストランから私の好きなマトンのカレーとナンを大量にテイクアウトしてきました。

そのおかげで、晩ご飯作りからも解放され、お腹も満たされ、よい気分で1日を終えることができました。

欲しかったお菓子も無事に予約完了、宅急便もこの悪天候の中、しっかりと届けて頂きました。

なにはともあれ、嬉しい一日でした。

Thank you





ちなみに今日は元ZELDAのヴォーカル、高橋佐代子さんの生まれた日です。

この名前を聞いて「ああ、あの人ね」とわかる人はそう多くないと思います。

私も最初は「?」聞き覚えはあるけれど、誰だったかしら?と思ったほどですから。
それほど遠い記憶だったのです。

まだ10代のはじめ、歳上の友達に連れて行ってもらったライブで初めて『ZELDA』を知りました。

ニューウェーブにカテゴライズされるのか?なんだかよくわからないジャンルの音楽で、戸惑ったのを覚えています。
そして、それを演奏していたのが、全員女性だったというのも驚きでした。

今でこそ珍しくはありませんが、80年代初頭は女性だけで構成されたロックバンドはとても珍しかったのです。

その中にいた一人が高橋佐代子さんでした。

黒いつばのあるフェルト帽子を被り、その脇から2本の細い三つ編みの髪が垂れていました。

服も真っ黒で、暗く揺蕩うような音楽に合わせ、声を張り上げたかと思ったら、突然裏返ったり、とても不思議で印象的でした。

私よりもいくつか歳上の人でしたが、その姿は少女のようで、可愛いなぁと思った記憶があります。

今の彼女の年齢から遡ってみると、当時まだ高校生くらいだったのでしょう。
どうりで他のメンバーと比較して可愛かったわけです。

懐かしさからググってみたところ、いまだに音楽活動は継続しているようですね。
しかも、娘さんまでが音楽の道に進んだと。。。

ここでもまた、時の流れを感じます。

青春とも言える十代のある一日を切り取った記憶は、最終的に自分の老いを再確認することになったのでした(泣)

私流ブログの「楽」しみ方、書き方。

2020年10月9日(金)

早いものでもう金曜日⁉︎
時の流れとは、なんと早いことか。。。

今日の東京は朝から雨。台風が近づいていてこの週末もお天気はよくなさそうなので、予定は入れず、ガッツリと家で過ごすことにしました。

今日はちょこっとブログと、韓流ドラマ鑑賞の日でした。


普段、ブログを書く時間は決めていません。毎日朝早くから起きているので、朝に書くことが多いのですが、それ以外の隙間時間にスマホを開いては、ちょこ、ちょこ、ちょこっと、書いたりしています。

私のメインブログはこちらではなく、お菓子トピックのブログになるので、その日のお三時にいただくお菓子の写真を、ランチの後に撮ったりもしています。

一度に複数の記事を書くことが多いのですが、一通り文章を書き、そこに写真を差し込むまでの作業を終わらせ、あとは下書きに入れておきます。

その中から、その日投稿する記事を選び、推敲するのですが、おそらくはそれが一番時間のかかる作業です。

メインブログはそうしていますが、サブブログに関しては、ちょっと違います。

特にこのブログは、そこまでしっかり推敲はしません。情報発信ではなく、あくまでも個人の日記なので、せいぜい誤字脱字をチェックする程度で、投稿する前にちゃちゃっと書いてアップです。

もう一つのサブブログに関しては、わりと感情的なトピックも多かったりするので、書きたいことがある時だけ、ザーッと書いて、あとは下書きに入れておき、しばらくクールダウンしてから読み直すようにしています。
もっと更新頻度を上げたいとは思っていますが、なかなか3つのブログとなると手が回らないのです(笑)





どのブログを書くときでも共通しているのは、無理やりトピックを捻り出したりはしないということです。

このブログは日記なので、日々起こることの全てがネタになるといえばなるわけで、基本的に毎日更新ですが、それでも特に書きたいことがなければ無理やり文章を長引かせたりはしません。

それこそ、なにもなければ、

「今日はなにもなかったので、寝ていました」

そんな一文になる可能性だってあるのです。

でも、それでいいのです。長ければいいというものではありませんので。

ただ、中年の主婦というのは、元々饒舌な生き物なのでしょう。
あれも書きたい!これも、そういえばあれもあったわ!

そんな風に次から次へと、まるで井戸端会議でもするように、言葉が走り出してしまうのです。

もしこれが文字数の限定された紙媒体などであったら、増刊号を出さねばならないほどでしょう。

そんな感じなので、今時の若者のようにTwitterなどは苦手なのです。
一応はアカウントを持っていますが、ツイート内容はすべて、「お菓子記事アップしました。#はてなブログ」です(笑)





今日は主婦のデイリーワークである家事を午前中に済ませ、その後はメインブログを5本ほど書きました。

そして、子供たちのリモート授業が始まるタイミングで、ソファーにどっかりと寝そべり、夕方までNetflix三昧でした。

ドラマ鑑賞が過ぎると、ブログに割く時間がなくなります。
まぁ、たまにはそんな日があってもいいでしょう。

ブログは「書かなければいけないもの」ではなく、「書きたいから書く」、それが一番の楽しみ方なのです。

今日のような雨の日は、暗い部屋でのんびりドラマ鑑賞するにはうってつけ。時間があるからとブログばかり書いていたら老眼に響くので(笑)

Take it easy





ちなみに今日は、イギリスのロックグループ、ビートルズのメンバーであったジョン・レノンさんの生まれた日です。

説明不要のビッグネームですが、ちょっと「イマジン」しただけで、今でも老若男女問わず、彼の名を知らない人はいないというくらい有名な方です。

ジョンが暗殺された日、朝学校へ行くとコアなビートルズファンであったクラスメートが泣き崩れていたのをいまだに思い出します。

私はビートルズよりもラズベリーズ派だったので、あまりよく知りはしませんでしたが。。。

数年前にニューヨークへ行った際、ダコタハウスの近く、セントラルパーク内の「ストロベリーフィールズ」を訪れたことがありました。

彼がいなくなってから何十年と経っても、たくさんのファンが、いまだ彼の不在を悲しんでいるのを見て、ちょっとビックリしたものです。。。

そういえば、私が知る数少ないビートルズの楽曲の中で、一番好きな曲が『Strawberry Fields Forever』でしたっけ。

気象病と睡眠負債の「怒」

2020年10月8日(木)

昨日からの台風の影響で、今日も雨模様の一日でしたが、朝の目覚めよろしく、いつも通り家事を一気に済ませました。
しかし、外出の予定がキャンセルとなったせいか、カクンとそれまでの勢いはどうした?というくらい、突然の睡魔に襲われたのでした。

たまにあるのです。とても眠くてたまらなくなることが。

最近よく言われている「気象病」という病があります。
台風などの影響で低気圧が押し寄せてくることによって、体調が悪くなるというもので、主に頭痛や倦怠感、吐き気、関節痛、喘息など身体症状がでたり、メンタル面でもわけもなく落ち込む、鬱などの症状が出てくると言われています。

今日、会う予定だったお友達もそんな「気象病」のせいで、昨夜から頭痛が治らず、すこぶる体調不良とのことで、ではキャンセルしましょうとなったのです。

私の睡魔も実は「気象病」の一症状では?と、常々思っていたのですが、お友達から言わせると、「あなたのは違う」と言います。

私が冬眠した熊のような症状になるのは、必ず暇ができた時であり、やることさえあれば、どんな低気圧もものともせず、動き回っているではないか!と。。。

そんなことはない!と反論するも、多勢に無勢でいつだって反論の余地さえ与えてもらえないのです。

中年のおばさんが集まると怖い。。。

私だってお天気が悪かったりすると、古傷が痛んだり、怠いな。。。と、感じることくらいはあります。
滅多にはありませんが、もしかしたら過去の頭痛だってそうしたことが原因かもしれないのです。

ただ、それを表に出さないだけです。
小動物のように、少しでも弱っていると気づかれたら、お腹を空かせたハイエナの餌食になるかもしれない⁉︎
そんな危機意識によって、あえて元気に振る舞っているのです。

そんな心のうちを知らぬ友人たちは、まるで私がゲリラ豪雨並みの強い雨に打たれようが、風速60メートルの暴風に煽られようが、『雨に唄えば』のジーン・ケリーさながら、雨の中を歌いながら踊っているというイメージを持っています。

断じてそんなことはないのに。。。

みんなの言うように、私を時折襲う争い難いまでの睡魔が気象病と認められないのなら、一体その正体はなんなのよ⁉︎

そう尋ねたところ、「借金の返済」という思わぬ答えが返ってきました。

これは「睡眠」を「借金」に置き換えたもので、つまりはこれまでの睡眠不足を補って(返済)いるのでは?と、そんな考察でした。





確かに昔から睡眠時間は短い方でした。

40代で大病を経験するまでは、睡眠など無駄、時間の浪費だなどと思っていたところがあります。
しかし、病気になった原因を自分で色々と考えた結果、それはストレス多き生活と睡眠不足によるものだと思い至ったのでした。以降、なるべくしっかり睡眠をとるように心がけ、とりわけ50を過ぎてからは、睡眠時間は多ければ多いほど免疫が上がるなどと考えるようになりました。

いずれにしても、我ながら極端だなと思いますが、とにかく睡眠を重視するようにはなりました。

あの、突然カクンと眠りに落ちるという症状が現れたのも、考えてみればその頃からでしょうか。。。


同じような年齢の友人達は、みんな口々に「眠れない」と言います。
ただでさえ、夜寝ていて何度も目覚めてしまうのに、お昼寝などした日には入眠すら難しくなると。

それに引き換え私はといえば、夜は一度寝たら朝まで目を覚ますことはなく、昼間に4時間、5時間の昼寝をしても、夜はまたいつも通り22時を過ぎると睡魔に襲われる。
つまり、寝ようと思えば、いつでも眠れるのです。

なるほど、これでは「気象病」には当てはまらない。。。

しかし、みんなの頭痛だとか気分が落ち込むとか、そんなことだって、言ってみれば低気圧に関係なく起きる時は起きるもの。

そうです!「気象病」の諸症状とは、どんな天候でも起こり得るものばかりです。それでもみんなは「気象病」という病気として認められているのに、私だけ「借金の返済」だなんて、ちょっと心外ではありませんか⁉︎

憤りを覚えます。。。

みんなは不可抗力、私は自業自得だと言われているようなものですからね。

なんとかして、私の睡魔も「気象病」の仲間入りをさせることはできないものか⁉︎

認めさせるには、ジーン・ケリー的なイメージを払拭し、まるで生まれたての小鹿みたいに、儚げなイメージを与えるしかないのか?

どうにかして、この睡魔を「気象病」にしたい!

そう思っていたところ、今朝娘が「ああ、低気圧だから軽く頭痛がする。。。」などと、ここにも一人「気象病」を訴える人間がいました。

「私も低気圧のせいで眠い」

当たり前のような顔して言ってみたところ。。。

「マミーのは違うでしょ?どこだって、いつだって眠ちゃうじゃん」

娘にまで、私は低気圧にすら相手にされていないと宣言されたのです。

やはり、これは自分の弱さをことごとく隠し通してきた自縄自縛状態。。。

もはや手遅れなのでしょうか?

いや。。。

できることはあるはずです。
長年みんなの心に染み込んだイメージは、重曹を使っても、さらには強烈なウタマロクリーナーを用いても、決して白くなることはないでしょう。

ただでさえ、50年以上も経過し、すっかり枯れ葉のように茶色く変色した中年女達の心です。
一筋縄ではいきません。

そうなると。。。

古きを捨て、新たな人間関係の構築。

私のことを全く知らない人であれば、そもそも既存のイメージは存在しません。

しかし、たかが「気象病」が認められないという理由で、あの愉快な仲間たちを失うのは、それ以上の損失です。。。

この友人関係もまた、ウタマロクリーナーでは手に負えないほど強固なものなのです。

それにしても眠い。
やはりこの睡魔は普通とは違う。。。
病気に違いない。。。

なぜわかってもらえないのだ⁉︎

そんな、くだらないことに軽く怒りながら、うつらうつら過ごした一日なのでした。。。





ちなみに、今日は最近スポーツ庁長官に抜擢されたことでニュースにもなった、元ハンマー投げ金メダリストである室伏広治さんが生まれた日です。

この方、お父様がやはり有名なハンマー投げの選手で、お母様は外国の方というように、ハンマー投げをやるために生まれてきたきたような、筋骨隆々な体躯はまさにDNAの為せる技といってもいいでしょう。

最近はスポーツの世界もハーフのアスリートが大活躍しています。
身体的条件に優劣を左右されるスポーツにおいては、外国の強靭な遺伝子は大きなメリットになるのかもしれません。

もちろん、一流のアスリートになるためには、遺伝子以前に、相応の鍛錬が必要になります。
その人並みならぬ努力に加え、先天的要素が加わるとなれば、これはかなり有利になるのではと想像できます。

室伏氏も然りで、立派に結果を残され、果てはスポーツ庁長官という大役を担うまでになりました。

コロナの影響次第では、いまだどうなるかわからない東京オリンピックですが、なんとなく決行されそうな雰囲気がありますね。

室伏氏を抜擢したのも、オリンピックを見据えてのことでしょう。

実績、知名度、そしてルックス的にも文句なしの室伏広治さん。
これからますますの活動を期待したいと思います。

『国勢調査』締め切り日にスマホでチャチャチャチャーの「楽」

2020年10月7日(水)

今日は朝から友人達と食事に出かけていました。
買い物、食事の後、いつまでもお茶を飲みながらお喋りしていたせいで、すっかり遅くなり、帰りは雨に降られてしまいました。

普段なら、少しくらいの雨なら、打たれて歩きましょう!と思うところですが、おろし立ての白い靴が汚れやしないかと、駅の売店で欲しくもない大きなビニール傘を買うはめに。。。

いつまでものんびり遊んでいたことを少し後悔したのでした。。。

なんとか靴を汚さずに帰宅すると、ダイニングテーブルの上に『国勢調査』の封書が置いてありました。
今朝、家を出る前に自分で置いていったものです。

昨夜、夫のデスクに置きっぱなしになっているのを回収してきたもので、当然のことながら未回答。

いつ出すか?とギリギリまで待ちましたが、今日が締め切りです。
これはやはり私がやることになるのね。。。と、帰宅したらやるつもりで、忘れぬようにテーブルへ出しておいたのです。





昨今、この『国勢調査』を拒否する人が増えていると言います。
プライバシーに対する意識の高まりかららしいのですが、この調査は任意ではなく「義務」です。

我が家の夫も、何故そんなことをわざわざお知らせする必要がある?どんなことに使われるか想像すると、協力する気にはなれないと、常に消極的です。

しかし、協力もなにも、義務だというのなら、やるしかありません。

私は外国人である夫が日本で居住する上での責任者という役割を担っているのです!
法令遵守、義務の履行がしっかり行われるよう、監督する責任が!

国勢調査』を拒否したところで、特に罰則を受けたという話はこれまで聞いたことはありません。

それでも、やらねばならぬのです。

人の国で暮らしている限りは、自国にいる時以上にきちんとしなければいけません。
一般の日本人と比較すれば、当然のことながら信用のない外国人です。ただでさえうがった見方をされることが多いのですから、一点の曇りもあってはならないのです。

外国人はすぐに「プライバシー!」と騒ぎますが、そもそもこの『国勢調査』にある質問は、全て国が把握していることばかりです。

家族構成や勤め先など、区役所や税務署の皆さんならご存知なのですから、今更調査に協力したところで、こちらにデメリットが生じるとも思えません。

へそくりの額を嘘偽りなく申告せよ!

結婚前に付き合った男性の数は?

月にお菓子代にいくら注ぎ込んでいる?

そんな質問でもあれば、さすがの私も「プラパシー!」と叫ぶでしょうが、お国はそんなことが知りたい訳ではないようです。





調査内容に関しては、隠し立てするようなことはなにもないのですから、どこに問題があるなだろう?と思うのですが、夫にとっては、家族の項目や住んでいるところなど、詳細に知らせることに抵抗があるといいます。


私からすれば、家だって会社だって変わってしまえばそれまで。いつだって一度差し出した情報を無にすることもできるのです。

実際に我が家はもう何十年と日本で暮らしていますが、家を買う気もありません。家を所有することよりも、その時々で住みたい場所に移動する遊牧民的な自由を選択してきたからです。

仕事にしても然りで、夫は何度転職してきたことでしょう⁉︎
ヘッドハンティングなど、よい話があればその都度横に縦にと移動して、アラフィフとなった今でも落ち着く気配はありません。

私も同様で基本専業主婦ですが、気が向くと働いたり、数年おきにやっていることも変わっています。

まるで根無草のように生きてきた我が家にとっては、環境を変えることは非常に容易いことなのです。

調査に差し出した回答も、半年後には全く違ったものになっている可能性だってありますし、意図的にしようと思えばいつでもできます。

こんな状況でもまだプライバシー云々言っているのが、不思議です。。。

国勢調査』で差し出す情報など、義務を怠ってまで守り通すような秘密には値しません。


そんな訳で、外国人夫に対し監督責任を持った私が、最終日ギリギリセーフでしっかりと解答しておきました!

今はネットでも回答を送ることができるので、これはとっても楽です。

私は初めてスマホでやってみたのですが、たったの5分程度、チャチャチャチャーっと簡単に終わってしまいました。

わざわざ郵便ポストに出しに行ったりする手間を考えると、なんと便利になったことでしょう!

これで、未回答者リストからは外れ、いきなりピンポンの督促訪問を受けずに済みます。

国勢調査』を拒否したがために、ピンポンピンポン尋ねてこられて鬱陶しい思いをするくらいなら、さっさとスマホで処理する方が、私にとってはよほど楽なことなのです。





ちなみに今日は、チェロ奏者であるヨー・ヨー・マさんの生まれた日です。

私はクラシック音楽には明るくありませんが、唯一聴くのがこの方の音楽です。

チョロなど自分で弾いたことはおろか、触ったことすらありませんが、何故かこの方のチェロの音に魅了されたのです。

あれはかれこれ20年以上も前のことです。当時よく通っていた代官山のバーで、突然流れてきた重低音のタンゴ調楽曲に思わず耳を奪われました。

もちろん、その時はその音に耳がダンボになりつつも、どのような弦楽器が使用されているのか、誰が演奏しているのか、まったく知りませんでした。

「これ、すごく好きだわ」

バーテンダーに言った私の一言を聞いていた、常連の男性が、それは自分の持参したCDであると言い、これはヨー・ヨー・マという演奏家の弾く『リベルタンゴ』だと教えてくれたのです。

当時、すでにウィスキーのCMなどで使用されていたらしいのですが、元々ほとんどテレビを見ない上、日本と海外を行ったり来たりしていた頃で、私は観たことがなかったのです。

翌日、私はCDショップへ赴き、「ヨー・ヨー・マ」と記された数枚のCDを買いました。

ストレスや悩み多き私の魂を、浄化してくれるような静かで、力強い彼のチェロに、この何十年、どれだけ心癒されたことでしょうか。

それから数年後、一時期海外の田舎町で暮らしていたことがあります。
ちょうどその時、少し前に他界した映画音楽の巨匠であるエンニオ・モリコーネ氏とのコラボCDが発売されました。
しかし、田舎町ゆえ在庫もなく、取り寄せをお願いしかなり待たされたものでした。

しかし、苦難の多かったその国での暮らしに、力を与えてくれたのも、まさにそのCDだったのです。

傷だらけになった心をまるで魔法のように癒してしまう。それは心のお薬と言ってもいいほどでした。
ヨー・ヨー・マのチェロがなかったら、あの苦しかった日々を乗り越えられなかったことでしょう。
それほどに力を与えられたのです。

今でも心が疲れた時は、ヨー・ヨー・マのチョロを聴いています。

何十年経っても、その効き目は衰えることなく、私を救い続けてくれる稀有な存在なのです。

YoYoMa Forever

子供ではなく、未熟な大人であるという気づきの「哀」

2020年10月6日(火)

今朝は昨日と打って変わって朝からスッキリとした秋晴れ。

いつものように早起きをし、いつものように家事をしていたら、あっという間に昼近くになっていました。

先週は外出続きで、一日中家にいることが少なかったので、たかが掃除や洗濯でも、やり切れていない感ありで、、、というか、早く言えば手抜きだったので、今日はその分気合を入れました。


そもそも専業主婦の分際で、なぜ家事がやりきれないほど忙しいのだろう?

いいえ、「忙しい」というのはちょっと語弊があります。まったく忙しくありません。ただ勝手に出歩いて、そのような状況を自ら作り出しているだけです。。。

コロナ自粛中はほとんどステイホームでしたが、なんの不便もありませんでしたし、本来専業主婦などこんなものだろうと思っていました。

しかし、自分の中から自粛ムードが抜けた途端に、またふらふら。。。
家で過ごすのも快適なので、とても好きなのですが、どうして家にいられないか?


これは我慢が苦手という、性格のせいかもしれません。
なにか心の中にわだかまっていることがあると、それをどうにか解決しようとジタバタするのです。


物事は自分が動かない限りは山の如し。


アクションを起こさなければリアクションはなし。


若い頃からそう信じ、とにかく何かしら行動することで道はひらける。そうやって生きてきた癖が未だ抜けず、「待つ」ということができないのです。

時鳥を鳴くまで待った徳川家康ではなく、鳴かせてみせようとした豊臣秀吉みたいなものか?織田信長のように殺しちゃうぞ!くらいの気持ちもあったかもしれません。

今では自然の流れに任せ、待つことで結果が出ることもあると、過去の経験からわかるようになりました。

まるでブルドーザーのように山を切り崩していかなくても、雨や風、季節の移ろいなど自然の流れで形を変えていくこともあると。

分かっていても、待つことができないのは、「思い立ったら吉日」という気質も一因ではないかと思われます。

なにか思いつきがあると、すぐにやらなければ気が済まないのです。

例えば、家族での会話でも「こういうのがあると便利」などという話がでると、お店の開いている時間なら、そのまま出かけて持って帰ってきたり、お店が閉まっている時間帯であればネットでサクッとお買い物です。

買い物ならそれでいいのですが、家族で「ここに行きたいね」などという話題のときも、「いいわね〜。いきましょう!」と、いそいそ支度を始める私に、

「えっ⁉︎ いま?今日?」

そう言って、家族が戸惑いを見せるということも珍しくありません。

もう少し思慮深く、落ち着いで物事を考えてから行動しようと反省はするのですが、どうも気がつくと身体の方が先に動いてしまうのです。





今の忙しない生活も、買いたいものが一つでもあれば、わざわざ電車に乗って買いに行き、食べたいものがあればすぐに食べにいく、お友達からお茶や食事の誘いがあれば、時間の空いている限りは出かけていきます。
自分のことのみならず、夫や子供に係ることも「私、時間あるから代わりにやっておくわ」と、肩代わりできるものは一手に引き受けるので、その分用事も増えるという訳です。

手帳になにも書かれていない日でさえ、まだ手付かずのものはないだろうかと、頭の中にある記憶をゴソゴソと漁り、「おっ!これやりたかったのよね!」と、無理矢理引っ張り出してきて、ゆっくりできるはずの時間を潰していくのです。


コロナのおかげで、家でのんびりと過ごす楽しみを知ったので、以前に比べればまだマシになりましたが、もう少し余裕があってもと思います。。。

コロナ以前はそれこそ、毎日のように外出していたものですが、最近はあえて家でゆっくりする日を設けようと意識するようになりました。

それというのも、最近は外出が続くと疲れが溜まっていると感じることが増えたのです。
普段から無駄な早起きによって睡眠時間も多くないので、時に目が回ることもあるほどです。
更年期の影響かもしれませんが、まるで回転木馬に乗っているように、周りの景色が軽快にぐるぐる、ぐるぐる廻ります。

たまに回転木馬ライディング状態の私を見ているせいでしょうか、夫は毎日のように「少しは寝なさい」「少しはゆっくりしなさい」と言い残し、仕事へ出かけます。

いつも夫より寝るのが遅く、夫よりも早く起きるので、私がいつ寝ているか分からないといいます。
ちゃんと寝ているのですけど。。。

若い頃、よく「私はナポレオン・ボナパルトと同じ睡眠時間で十分!」というのが口癖だったので、夫は未だに私が4時間しか寝ていないと思っているようです。

夫にとって、私は朝早くから夜遅くまで家事に勤しむ良妻と見えているのかもしれません。。。
しかし、実態は違います。起きているほとんどの時間は、必ずしもやらなくていいどうでもいいことに費やされているのですから。
そして、毎日ナポレオンよりもずっと長い睡眠をとっています。

健康であるためには、睡眠も最も大切なことの一つであり、決しておざなりにしてはいけないものです。

睡眠時間が少ないと感じた時は、朝であろうが夕方であろうが横になるようにしています。
しかし、そんな姿を夫が見ることはないので、余計に心配するのでしょう。





私の一日の行動は、あらかじめ予定がある時以外は朝に決定されます。

起きてから、ゆっくりコーヒーなどを飲みながら、その日一日をどう過ごすか、つまり出かけるか、家で過ごすかを決定するのですが、あくまでも予定は未定。。。

たとえ、今日はゆっくり家で過ごそうと決めても、突発的な思いつきや家族の肩代わり、突然のお誘いなどで、その決定が覆ることも多々あります。

しかし、それではいけないのです。

よく「今できることは、今やろう」などと言いますが、私に必要なのは、

「明日でいいことは明日に回そう」です。

なんでもかんでもすぐに行動することが、良い結果を生むとは限りません。

周りの成功した人たちを見ると、確かに行動力がある人ばかりです。ほぼ全員フットワークが軽く、どんなこともすぐに行動に移す能動的なタイプの方々ですが、そこには衝動性とは真逆な計画性も伴っています。

私はまさに衝動だけで動くために、非効率で無駄が多いのだと、そのような方々を見ているとよくわかります。

「思い立ったら吉日」も衝動であってはいけないのです。きちんとした計画性があって、初めて形をなすものなのです。

だからこそ、私はその呆れるまでの衝動性を抑え込むために、「明日でいいことは明日やる」という時間的猶予を自分に与え、その間に動けない辛さを抱えながら、悶々と考えて思考の整理をする状況を無理矢理作り出すのです。

本来の衝動的な気質により、そうそう上手くはいきませんが。。。

私は一度しっかり計画したことが崩れると、ものすごく気を病むと言いますか、イライラと精神が不安定になるようなところがあります。

だからこそ、あまりきっちりとした決め事はしないのかもしれません。

いきあたりばったりの刹那主義。

そう思っていた方がストレスを抱えずに済むからです。

そのせいで生まれた衝動的な行動によって、過去失敗したことも数知れず。もちろんラッキーなことに良い方向に転がったこともなきにしもあらずですが、勝率からいえば限りなく低いと言えます。
だからこそ改めたいとあれこれ考えているのです。





アラフィフという年齢になっても、まだ改善すべきところばかりで、私は一体いつになったら完全なる大人になれるのだろうか?と思ってしまいます。
正直言えば、大人になれる自信がないのです。

あれ?
あれ?

子供の頃からの私の夢は、まさにそれ?

卒業文集などに必ずある、「将来の夢」という欄に、


「大人になりたくありません。一生子供のままでいたいのです」


そう書いていたのは誰だ?


つまり、大人になれない私は、子供の頃からの夢を実現したということ⁉︎

いや。。。

ちょっと違う。。。

私の夢は子供のようになんの責任も負うことなく、自由に生きていくこと。

そういう意味での「子供」です。

今の私は子供ではなく「未熟な大人」というのが一番しっくりくるような。。。

理想とはかなり違います。
夢は果たせませんでした。。。


今日はお疲れ休みとして家で一日ゆっくり過ごしましたが、ゆっくりしすぎて己の未熟さを知るきっかけになってしまいました。。。

あまりにも、未熟過ぎて少し哀しい。。。





ちなみに、今日はタレントであり漫才師の西川きよしさんの奥様としても知られている西川ヘレンさんの生まれた日です。

お名前から分かる通り、ハーフのヘレンさん。今なら家にいても街に出てもハーフだらけという日本ですが、ヘレンさんのお生まれになった74年前は、かなり珍しい存在だったことでしょう。きっと様々な苦労があったことと思います。

日本人男性とご結婚なさり、そのお相手が芸人です。
もう昭和の人間にとってお笑いといえば、漫才師「やすきよ」です。
破天荒な相方と比べ、穏やかな印象の西川きよしさんですが、のちに政治の世界に打って出るなど、意外な転身もみせています。
そんな日本人夫と共に歩むのは、奥様にとっても、なかなか大変だったのでは?と想像します。

さらには介護なども経験したそうで、その明るい様子からは想像できない、波乱万丈な人生だったのではないでしょうか。

現在は講演なども行っているといいます。元々人前に出るお仕事をなさっていた上、人一倍経験値の高い方なので、きっと面白い講演なのでしょうね。

お年を召してさらにおきれいになられたヘレンさん、今後ますますのご活躍をお祈りしています。

伊勢丹新宿で理性崩壊の「楽」

2020年10月5日(月)

今朝は目覚めたその瞬間から、「行くか、行くまいか」それだけが、何度も何度も途切れることなく頭の中を回り続けていました。

「迷う」とは、まさにこのこと!というくらいに迷いに迷い、久しぶりに迷うことの苦悩を味わった朝でした。

奇しくも外は雨が降ったと思ったら、曇ったり。天すらが迷っていました。


大したことではありません。

ただ、伊勢丹新宿へ行くかどうか、それだけです。。。

ちょうど好きな和菓子屋さんの催事が行われていて、先日も一度出向いたのですが、お菓子はしばらくお預けという己に課した決め事のため、なにも買わずに帰ってきたのです。

しかし。。。

それがいけなかったようです。


そもそも、デパ地下へ行ってお菓子を買わずに帰るのは、お風呂に入って身体を洗わずに出てくるのと同じ。
それほど気持ちの悪いことなのです。

催事の期間はたったの1週間。。。

刻一刻と残り少なくなる開催日。しかし、この数日間、つねに頭の片隅に、先日見たお菓子の数々がスライドショーのように、カチリカチリとその断片を見せつけてきます。

それでも昨日までは我慢しました。

一度でもあの場所に足を踏み入れたらどうなるのか?催事だけではすまないことが容易に想像できるので。。。

一度決壊した意思は、もうアウト・オブ・コントロール。もはや理性では抑え込むことが不可能になります。

わかっていたからこそ、この何日間もぐっと堪えていましたが、そこに考えが及べば及ぶほど、「行かない」という選択が愚かにも思えてくるのです。


なんといっても10年に一度ともいえる祭と言ってもいい催事です。次は2030年。。。そう思うと、たまらなくなってしまいました。

もし行かなかったことを後悔したら?
私は10年間、リベンジのチャンスを与えられず後悔し続けなければなりません。
なんという拷問でしょうか?
50を過ぎた中年に耐えられるのでしょうか?

しかし、自分に課した決め事の件があります。自分で一度決めたことを簡単に翻すのも、また後悔の一つとなるでしょう。


「私は行くべき?我慢するべき?」


仕事へ出かける支度をする夫の背中に問いかけます。


「もちろん!行くべきだよ」


夫は即答しました。


しかし、それはわかっていたことです。夫もまたそのお菓子が食べたいのです。

そして、わかっているからこそ、尋ねた私は、「夫が行けって言うなら仕方ないわね!」というエクスキューズだけが必要だったのです。
(excuse =口実、言い訳という意味)

こうして、立派な口実を得た私は、いそいそと朝霧払うが如く、10時前には伊勢丹新宿店の前に立っていたのでした。





それにしても、開店前から百貨店の前で待ってる人が多く驚かされます。
私は暇な主婦なのでそんなこともお安い御用ですが、世の中暇な人って結構いるものなんですね。。。

10時になると、うやうやしくとびらが開き、店員さん達に「おはようございます」と頭を下げられながら目的の売り場に進みます。
これがいつもながら、ちょっと恥ずかしい。。。

一人や二人でなく、それこそ何十人もの店員さんがご挨拶をしてくれるのです。こちらもひょこひょこと頭を下げながら、俯き加減に進みます。

「開店前から押しかけるだなんて、なにを急いで買うものがあのかしら?」

そんな店員さんの心の声を宿した視線(想像ですが)に耐えながら、催事エリアに到着です。

この数日間、私を悩ませ続けたお菓子達が、「やっぱりきたね。待ってたわよ」と語りかけてくるようです。

一つ一つが愛おしい。。。

これも、あれも、あっこれも、、、

止まりません。

見事に理性決壊、「食べたい」がとめどもなく溢れ出し大洪水です。

誰も止めてくれる人はいません。。。

娘が一緒のときなら、

「マミー!そんなに買っても食べるの大変だから、もうやめて」

必ずそう止めてくれます。まるで思い切り頬にビンタをするように、私の目を覚ましてくれます。

しかし、そんな娘もリモート授業があるため、同行していません。

私はお目当てのお菓子を全て購入。あまりに気合を入れすぎたせいで、少し疲れたので、スルーするつもりだった限定のシェイクを飲みました。

その甘さ、美味しさにすっかりパワーチャージを完了した私。

「せっかく来たのだから」

そんな新たなエクスキューズを引っ提げて、さらにあのキラキラとした伊勢丹の地下を歩き回ったのです。

いつも買うあのお菓子、季節もののお菓子、一度失った理性は簡単には戻りません。

まさに伊勢丹マジック!

おそらく、月末にクレジットカードの請求書を見て、あらら。。。やり過ぎたわね。と、理性を取り戻すことでしょう。





荷物はどんどん重量を増してきます。
これが「そろそろ終わりですよ」の合図です。

いかし、まだまだ終わりません。

仕上げは惣菜売り場です。お寿司、うなぎ、中華、豚カツ、天ぷら、焼鳥、おばんざい、サンドイッチ、オードブル、サラダ、なんでもあります。

今日はなににしようか?

売り場をとりあえず2周回ります。

決めました。

ランチはお寿司、夜は天ぷらとお蕎麦。サラダと明日の朝食用パンも。

これらすべてを収めると、手持ちのエコバッグは満員御礼。

肩にかけると、五十肩が悲鳴を上げるくらいの重さになっていました。

しかし、それとは裏腹に私の心は羽根のように軽い。

こんなに楽しい場所がこの世にあるだろうか?

伊勢丹新宿だけではありません。銀座の三越日本橋高島屋も渋谷のフードショーも、食べ物がたくさんあるところは、私にとっては幼い子供がはしゃぐサンリオピューロランドと全く同じ意味を持つのです。


帰宅すると、娘が玄関で私を出迎えてくれました。

大荷物で「肩痛いー!」と騒ぐのがいつものパターンなので、玄関で荷物を受け取ってくれるのです。

その顔には、「こんなに誰が食べるの?」と書いてあります。

心配はご無用です。
我が家には無限の胃袋を持つ外国人夫がいます。
どんなに甘いものであろうが、どんなにヘビーなものであろうが、その大きく強靭な胃袋によってすべて解決してくれます。

おまけに、「美味しいものをありがとう」と感謝までされるのですから!


とても疲れましたが、弾けるのはやはり気分がいいものです。
デパ地下は心の健康を保つのに大きく貢献してくれます。

食べることももちろん楽しいですが、この理性を崩壊させるという行為は、言い換えれば「魂の解放」です。

品行方正な「理性」という仮面を取り去り、下品なくらいに精神を解放してやること。
なんとも言えない爽快感があります。

その魂の解放とは、どこでどんな状況でするかによっては、大変なことになる可能性が大いにありますが、デパ地下なら安心です。

この歳になれば、クラブで踊り狂うとか、ラグビーでタックルしまくるとか、もうそんなことはできません。

そう考えれば、アラフィフ主婦が魂を解放する場として、伊勢丹新宿デパ地下はもっとも適した場所と言えましょう。

何はともあれ、お目当のお菓子も楽しむことができ、魂まで派手に解放し、とても楽しい一日となりました。





ちなみに、今日は居酒屋「和民」の創業者であり、参議院議員でもある渡邉美樹さんの生まれた日です。

そんなおめでたいお誕生日に、和民グループは居酒屋さんを焼肉屋さんに転換していくとの発表をしました。

コロナの影響で売り上げが低迷したことに加え、みんなとわいわい飲みましょうといった雰囲気でもありませんから、少人数でお友達や家族などと、食事ができる店へシフトしていくということなのでしょう。

接触型店舗というコロナの時代に即した新しい試みとして、無人レーンや配膳ロボットも導入されるといいます。

無人レーンとは回転寿司みたいな感じなのでしょうか?
それよりも私は配膳ロボットの働きに興味があります。
このロボットが有能であれば、もはや飲食業界は新たな道を進むことになるでしょうから。。。

一体どんな焼肉屋さんになるのでしょうか?

残念ながら私は「和民」というお店には行ったことがないので、どのようなお店であるかわかりませんが、イメージとしては若者の集うリーズナブルな居酒屋さんといった感じ?

無人レーンや配膳ロボットによって、人件費を削減し、その分お客様に還元?

ということは、またしてもリーズナブルな価格設定になるのでは?と期待できますね。

つまずいたり、行き詰まったりしたときこそ、あえて攻めていく。そんな匂いをいつだってぷんぷんさせている渡邉社長。
あの年代の方々は本当にバイタリティーがありますね。

そんなイケイケおじさんの新たなる焼肉ビジネスが成功すれば、この暗い社会を生きていく励みとなる人も多くいるはずです。
そして美味しいお肉を待ちわびている人も。

安くて美味しいお肉がいただけるのなら、私も一度行ってみたいものです。

騒音と奪われるであろう小籠包の未来に「哀」

2020年10月4日(日)

今日は日曜日だというのに、朝早くから街宣車が何やら叫びながら近所を巡回し、騒音を撒き散らしていました。
コロナ禍でしばらく静かだったのに、また戻ってきたようです。

いつもながら、怒鳴っているだけで、マイクは音割れし、なにを叫んでいるのかわかりません。。。

私にとっては、騒音よりも内容が聞き取れないことに苛立ちを覚えます。
日曜日の朝からうるさくするのなら、せめて「なるほど。。。」と、騒音を忘れるくらいにガツンと心に訴えかける言葉が欲しいものです。


さて、これが落ち着くと、午後は羽田へ向かう飛行機がひっきりなしに上空を飛んでいきます。

これは羽田飛行ルートの変更によるもので、新ルートとなった現在では午後3時を過ぎると、都心の上空をバンバン飛行機が通過していくので、気になって仕方がありません。

これがまたかなりの低空飛行で、飛行機のお腹が肉眼でも見えるくらいです。

当然のことながら、ものすごい轟音がします。その上安全性やそれに伴う不安、また地価の下落などを危惧し反対運動が起こっています。


街宣車と飛行機によってもたらされる騒音で、今日も静かな週末とはいい難き一日でした。。。

家にいてもうるさいので、ランチは外にしようと、夫と二人で中華料理を食べに行ったのですが、夫が私の小籠包を断りもなしに奪ったのです。

「親しき仲にも礼儀あり」そんな言葉も知らなかったのか⁉︎

私の言葉を重く受け止める気もなく、平気な顔で小籠包からしたたる肉汁を啜る夫にさらに怒りは膨らみます。

しかし、私が礼儀に対して怒りを訴えていることが、夫には通じません。夫にとっては、たかが小籠包一つの問題としてしか理解されないのです。

まったく!騒音はうるさいし、小籠包は奪われるし、たかが小籠包を食べられてしまったくらいで不機嫌になっていると思われるのも心外だし!

そんなスッキリしない気持ちのまま、早々に帰宅したのですが、ふとこんな生活を、私は一体いつまで続けるだろう?と思いました。





小籠包事件のようなことは、日常生活においては時々勃発しますが、総じて今の生活に不満はなく、結構楽しく過ごしてはいます。

しかし、ひょっとしてまた別の、もっとベターな暮らしがあるでは?とも思えてきたのです。

それというのも、今朝、アメリカにいる義兄(夫の実兄)とSkypeで話をしたときに、ふと同じような思いが頭をよぎったからです。

特別深刻な話などしていません。ただ、「今何してるの?」「最近、どう?」そんな他愛のない話だったのですが、話をしながら義兄は広い庭に植えた野菜やフルーツを採ったり、テラスの椅子にもたれてお茶を飲んだりと、リラックスした様子を見せつけてきます。

こんな様子を見ていると、あまりにも生活スタイルが違うなと感じたと同時に、そこで過ごしたいくつもの夏を思い出したのです。

子供達が小学生くらいまでは、よく夏休みに長期でアメリカに滞在していました。

そこはニューヨークやロスのような都会ではなく、自然の豊かなリベラルな雰囲気のステートでした。
街には小さな百貨店が一軒しかありませんでしたし、ファンシーなレストランなども多くありません。和菓子屋さんもなければ、美味しいフランス菓子の店もありません。つまり、私の好きなものが一つもないといってもいいような街だったのです。

しかし、そこでの生活で退屈を感じたことはなく、何にもない生活がむしろ心安らかであると感じていました。


アメリカ英語にはなかなか馴染めませんでしたが、日常会話程度の英語力があれば暮らすには不自由はありません。
食べるものも地産地消がメイン、オーガニックだらけで、その辺特にこだわりのない人間でも、なんだか健康な食生活が送れるかもといった期待を持ってしまったり。。。

一方でそこはやっぱりアメリカです。ジャンクもしっかり網羅され、特別ストイックにならずに済むという気楽さがあり、そこもまた気に入ったところです。

その街や人、食など、ライフスタイルが気に入って、本気で移住しようかと、物件探しをした年もあったほどで、その夏の日々を思い出すと、今の生活は果たしてベストなものか?と、そんなことを考えたのでした。。。

東京で生まれ育ったため、それまでは何にもない街では暮らせないと思っていました。実際にアメリカではなく別の国の田舎町で暮らした時は、あまりに暇すぎて、やっぱり無理。。。という経験もあったので余計にそう思っていました。

しかし、不思議とアメリカのその街では、とても穏やかに過ごすことができたのです。





この歳になると、さすがに楽天家の私でも、少しは老後の生活について考えることがあります。
私以上に脳天気な夫が相手なので、なかなか具体的なプランは出ませんが、選択肢の一つとして再び海外で暮らすというものもあります。

私は基本的にどこでも暮らせる気満々ですが、夫は私には無理だろうと言います。

確かに暮らす気はあっても、具体的にどこ?となると、思い浮かびません。
美味しいものがあって、総合病院があって、車なしで生活できるところ。

美味しいものはともかくとして、過去に大病を経験した身としては、施設の整った病院は不可欠です。
車も運転することは出来ますが、子供達から同乗拒否されるくらい下手なドライバーなので、できれば車の運転は避けたい。

こうなると、田舎暮らしは厳しいということになり、件のアメリカの街も無理ということになります。

色々と考えてみれば、結局はこの騒音にまみれた東京が自分の終の住処になるのだと漠然と悟り、ちょっと哀しくなりました。

それは、この場所や生活が嫌ということではなく、変化のない同じような日々を、この先何十年と過ごしていくという未来しか、思い描けないことに対する哀しみです。

もう一花パッと咲かせてやろうか?

そんな風には微塵も思いません。。。

何も起こらないこと、平凡であることは、私にとって悪いことではなく、むしろ幸せなことです。

ただ、騒音がうるさいとか、無神経な夫に小籠包を取られただとか、そんなロマンの欠片もない生活ではなく、もう少し心穏やかに過ごせる日々が、これから行く未来にあればと望んでいるだけなのです。。。





ちなみに、今日はミュージシャンであり、芥川賞作家でもある辻仁成さんの生まれた日です。

私にとって辻さんは作家の先生というより先に、『ECHOES (エコーズ)』のヴォーカルといった印象の強い方です。

ロックバンドのヴォーカリストが、突如『すばる文学賞』を受賞し、あれよあれよという間に作家先生となり、バンドが解散した後には芥川賞作家に登り詰めるという快進撃。おまけに二人もの美人女優と結婚、離婚を繰り返し、パリに移住したりと、思い切りセンセーショナルかつ多才な姿を見せつけられてきました。

現在ではパリでシングルファーザーとして、愛息と共に暮らしながら、変わらず文筆活動をする傍ら、バラエティ番組でお料理の腕まで披露してしまったりと、相変わらずの多才っぷり。

ビジュアルの線の細さからは想像もできないくらいに、ものすごいバイタリティのあるおじさんです。

辻さんの小説は全てと言わないまでも、過去にかなり読みましたが、とても心に響く作品が多く、これはミュージシャンではなく、やはり作家が正解でしょ!と思ったものです。

デビュー作の『ピアニシモ』や江國香織さんとの共著である『冷静と情熱の間』、『二十八光年の希望』は、今でも断捨離されることなく私の本棚に並んでいます。

還暦は過ぎましたが、まだまだ若い辻仁成さん。これからも心が揺さぶられるような素敵な物語をたくさん世に送り出して欲しいと願っております。