365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

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外国人の食欲に破られる節約の誓い。荷物持ちに散財される「哀」

2020年11月14日(土)

またまた週末がやって参りました。。。
本当に1週間があっという間に過ぎていきます。

今週は引きこもり週間でしたが、また来週からお友達とランチの予定などがチラホラと入っていて忙しくなりそうなので、今週末はゆっくりモードです。

日中韓流ドラマ三昧していたところ、韓国料理食べたいモードになってしまったため、夕方から急遽韓国大使館そばにある韓国食材店へ夫を伴い行ってまいりました。

相変わらず、「食べたい」「欲しい」と思ったらすぐに家を飛び出していきます(笑)

色々な種類のキムチなどをあれこれ買い、それだけで重さは3キロ。とても一人で持って歩けないので、ここへ行く時はいつも夫を伴って行くのですが、この店で終わりではありません。
そのすぐ先には、私が世界で一番美味しいと思っている絶品ローストビーフのあるスーパーもあります。

このスーパーはお肉の種類も質も豊富なので、夫にとっては韓国食材よりこちらをお目当てで荷物持ちを買って出るのだと密かに思っています。

案の定、スペアリブ用の塊肉、ステーキ肉、焼豚、そして今宵のサムギョプサル用の三枚肉など、誰が調理するのだか知りませんが、あれやこれやカゴに放り込んでいました。
外国人が日本で暮らすと、とにかく食費がかかって、たまりません。。。
これは、我が家にとって長年に渡る深刻な問題です。





せっかく私が節約モードになったというのに、これでは台無しです。。。
夫婦とは一艘の船に乗っているようなもの。片方が沈没すれば、もう片方も道連れです。

道連れなどごめんです。どうせ沈没するなら、自分もその原因の一端を作らねば!と、負けずに牛すじや、ホルモン、牛タンなど、決して夫が手をつけないものをカゴに放り込んでいきました。

その後も夫は、通りかかるお店で美味しそうなものを見つけては、あれやこれやと買い込み、私のお財布をすっからかんにしてしまいました。。。
この界隈、まだクレジットカードが使えない現金オンリーのお店があるので、いつもこのコースを辿ると、数人いた諭吉さんが姿を消すことになるのです。。。

夫婦揃って計画性がなく、美味しいものを見つけると、たちまち理性を吹き飛ばす困った性格。。。
やはり節約するためには、家に籠るしかないようです。


一通りお買い物を終え、ぶらぶらとイルミネーション灯る通りを歩いて帰ることに。

みんなビュースポットに集って記念撮影などをしていました。
「密だわ。。。」と思いましたが、例年に比べると、やはり人はとても少ないようです。
この通りにイルミネーションが灯る季節になると、これまでならもっとたくさんの人がいましたし、車道が渋滞を起こしていることも珍しくありませんでした。

それに比べれば、今年はコロナの影響を嫌でも感じます。





途中、お腹が空いたので、夫の好きなベーカリーに寄り、サンドイッチなんぞを食べたのですが、この店も週末などは朝からたくさんの人で賑わっていましたが、今では難なく席が確保できるくらいに空いていました。

コロナに慣れ、一見すると街には人が戻ったように見えていましたが、やはりコロナ以前のようになるにはまだまだ時間がかかりそうです。

経済の活性化を考えれば、節約よりも今はお金を遣うべき時なのか?などとも思いますが、そんな時だからこそ、保身のためにしっかり管理すべき?など、何が正解なのかわかりません。。。

今はよくても一寸先は闇。
これからどう社会が変わっていくか、私にはまったくわかりません。

ただ、人生はたった一度きりです。
そう思えば、先々のことを考えすぎるあまり、今を意味ないものにしてしまうのももったいないなと思うのです。

私達夫婦は子供達に1円たりとも財産を残してあげようとも考えていません。
二人で作ってきた人生なので、それは私たちのもの。
とはいえ、そんなにありませんので、心配は無用なのですが(笑)

とにかく、そう考えれば一生懸命に働いている夫には、好きなようにさせてもいいのかななとど、優しい気持ちになったりもします。

しかし!
明日、家計簿をつけながら、思うのでしょう。

「肉はともかくとして、このわけのわからないビールが一本700円ですって⁉︎」

「このケーキの数はなに⁉︎ 一人で何個たべるつもりさっ!」

「一人で行けばこんな散財することもなかったのに!」

などと。。。

散財は困ったものだけれど、荷物持ちの夫は捨てがたし。。。

海外で日本食を買おうと思うと、それこそお豆腐や納豆などもとんでもなく高い値段がついていることがあります。
それでも、食べたい時はどんな値段であろうが買うものです。

夫にとってはまさにそれと同じ心境なのでしょう。値段ではないのです。

私もそうですが、歳を重ねるごとに、子供の頃から慣れ親しんだものを求めるようになります。

私の節約の誓いは夫という荷物持ちのおかげで、軽々と挫折させられましたが、それも致し方ないことなのかもしれません。。。





ちなみに今日は、イギリス王室のチャールズ皇太子の生まれた日です。

私も若かりし頃にイギリスで暮らしていたので、チャールズ皇太子の姿は何度か拝見したことがあります。

あちらではクイーンのお誕生日などではパレードが行われるため、そこに行けば馬車に乗った王室の方の姿を見ることができるのです。

私はとくに王室のウォッチャーというわけではありませんでしたが、なにかあれば必ず沿道でパレードを見ていたものです。

古い写真の中に、今は亡きダイアナ元妃の横に並ぶチャールズ皇太子が写った写真も持っています。

イギリス王室は日本の皇室に比べると、非常にフランクな印象を受けます。
バスに乗っていて、周りがざわめいているので、そちらに目をやると、車に乗ったチャールズ皇太子がバスの乗客に向かって手を振っていた、そんなこともありました。

色々とスキャンダラスな話題も伝わってくる英国王室ですが、私にとってはそんな懐かしい昔を思い出させる存在なのです。。。

懐かしのHOBNOBSのビスケットに「喜」

2020年11月13日(金)

今日は珍しく頭痛に見舞われました。

ここ数日、なるべくなら家に居ようと引きこもっているので、運動不足になっているのか、ストレスになっているのか、もしくはおかしな体勢でNetflix三昧だったせいか。。。

普段、滅多に頭痛など起こさないので、耐久性に乏しいこの身体。

ガンガンと頭を締め付けられるほどの頭痛でありません。ただ、後頭部の当たりが重く、微かな痛みが終日続いているといった感じです。

なるべく薬は飲みたくないので、ソファーに横になったり、スマホや本を遠ざけたりと、ゆっくりしていましたが、夜になっても頭痛は消えません。

ずっと横になっていられたらいいのですが、受験生である娘が予備校から戻った際、遅い夕食をとるので、その準備をしておかねばなりません。

渋々起きてキッチンに立ったものの、やはり調子はよくありません。

しつこい頭痛に苛立って、とうとうロキソニンを一粒飲み込みました。

当然のことながら、30分もしないうちに頭痛は跡形もなく消え去り、一日中不調であったことが嘘のようにケロリです。

無事に娘のために夕食を用意し、滞っていた家事などをしているところに、夫が騒々しく帰宅。

「すごいものをお土産にもってきたぞ!」

その手に握られていたのは、懐かしのビスケット ⁉︎

かれこれ30年前、私がロンドンで暮らしていた頃、1日と空けずに食べていた『HOBNOBS』のビスケットです。
色々種類はありますが、私はブルーラッピングのミルクチョコレート限定です。

オーツのザクザクとした生地に、まろやかなチョコレートがコーティングされた、それはそれは美味しいビスケットです。

似たようなものは日本にもありますが、味わいは全く違います。社名は同じでも、製造している国が異なれば、その味わいも違うようなのです。

同じものも輸入販売などで購入することはできますが、お値段がとんでもないことになっているので、日本ではほとんど口にすることはありません。





そんな懐かしくも久々のご褒美スイーツ。

外国製品あるあるの、どこから開けていいのかわからないパッケージを破った時点で、全部食べ切る覚悟です。

そして、念願の思い出の味との再会。。。

美味しい!美味しすぎる!

やっぱりビスケットといえばこれです!

私は焼菓子が大好きで、普段から美味しいクッキーをお取り寄せしたり、買いに行ったりと毎日のように色々なクッキー食べてはいますが、この『HOBNOBS 』は別ものです。ちょっと他の美味しいクッキーとは思い入れが違います。

まさに私の中では殿堂入りといってもいい位置にあるのです。

ボリボリと『HOBNOBS 』を頬張る私に、夫が「今日は一日どうだった?」と、お決まりの質問を投げかけてきます。

その日の様子を尋ねるという挨拶のようなものです。

「今日はずっと頭が痛くて調子悪かったのよ。さっきまでずっとね」

すると、夫の顔がギラギラッとドヤりだしました。

「こいつのおかげでマミーの頭痛が治ったんだな!」

『HOBNOBS 』に視線をやりながら、ドヤ顔でサムアップする夫。

頭痛が治ったのは、ビスケットを食べる前に、耐えきれず飲んだロキソニンのおかげなんだけど。。。

そう思いましたが、恩を仇で返すわけにもいかないので、その言葉をぐっと飲みこんだのでした。

夜半にビスケット1本食べ切り、大満足でしたが、贅肉にとってもこの上ないご褒美となったに違いありません。

毎日のようにあのビスケットを丸ごと一本食べていたにも関わらず、ほとんど太ることのなかった若かりし頃。。。
それだけエネルギー消費量も多かったのでしょう。
若いってそれだけですごいことだと改めて実感します。

何はともあれ、懐かしの美味しいクッキーとの再会は、とても嬉しいものでした。





ちなみに今日は、国民的アイドルグループ、SMAPのメンバーである木村拓哉さんの生まれた日です。

説明するまでもなく、誰もが知っているキムタクですが、もう48歳におなりとのこと。
モデルデビューした娘ちゃん達が、すでに大学生という年齢になるのですから、キムタクと言えどおじさんになっていても不思議はありません。

奥様の工藤静香さんとも相変わらず円満(多分。。。)、しっかりと子供も育て上げていることがうかがわれ、アイドルとしてよりも、そんな堅実な家庭を築いていることに好感を覚えますね。

私はジャニーズにはうといのですが、周りでは結構いるんです。若い頃からおばさんになった今でも、SMAPを追いかけている方々が。
そんなジャニオタおばさんにとって、アイドルは生きる糧となっているのです。

ジャニー喜多川さんがお亡くなりになって以来、なにかとネガティブなニュースが多いジャニーズ界隈ですが、木村拓哉さんにおかれましては、これまでのようにジャニーズの模範アイドルとして、還暦過ぎてもなお頑張っていただきたいと思います。

子育ては人生のうちのたったひと時。そしてまたひとりに戻る「楽」

2020年11月12日(木)

今日は朝から薄曇りの一日でした。
寒いので昨日に引き続き引きこもりたいなと思いながら、卵もパンもハムも切れているし、買い物くらいは出なければダメか?

寒いし、出るとまた散財するだろうし。。。

朝からそんなことでモタモタしていたら、バイトへ出かける長女が、帰りに買い物をしてきてあげるから、家でNet Felix でも観ながらのんびりしていろといいます。

せっかくのオファーなので、ありがたく受け、めでたく在宅となった一日でした。

子育てを夢中でしている頃は、こんな日が来ようとは考えたこともありませんでした。

とにかく学校を卒業したら、親や周りに頼らず、自分の足で歩いていけるよう自立して欲しい。
そんな思いしかありませんでした。

長女はいま大学生なので、学費は親がかり、自宅通学なので食費、光熱費など生活費も必要ありません。

しかし、それ以外は基本的にバイト代でまかなっています。
お洋服や化粧品、お友達との交友費など、若いので欲しいものも多いでしょうが、身分不相応な物を持ったり、したりしない限りは、週何度かのバイトで事足りるようです。

多少は貯金をする余裕もあるらしく、私が元気のない時などは、美味しそうなお菓子を買ってきてくれたり、欲しがっていたものをプレゼントしてくれたりもします。

こんな時、人のことまで気遣えるような年齢になったのだなと、しみじみ感じます。





小さな頃は、人並みにわけのわからない宇宙人のような存在であった子供達も、今はすっかりまともな大人になりつつあります。

もちろん手放しで「素晴らしい我が子達よ!」などと思っているわけではありません。
いまだに小言も言えば、怒りで感情的になることもあります。

それでも、あまり子供達の人生に口出しはしないようにしています。
子供達への不満は、それこそそう育てた自分の不出来によるものでもあるのです。

子供は親の姿を見て、それをお手本にしたり、反面教師にしたり、親という存在の影響を色濃く受けるものです。

もしも子供に問題があるなら、その根本は自分にあると思っています。

自分の子育てに評価が下るのは、20年という長きに渡る後の事です。

その渦中にいる時は、そんな先のことなどに思い及ばずで、時には怠けてしまったり、おざなりにしてしまうこともあります。
毎日毎日、20年間全力で子育てに向かうなど、無理なことです。

親もひとりの人間です。体調が悪い時もあれば、イライラと気持ちが落ち着かないこともあります。
人生がうまく行っていない時などは、子供に気を配る余裕さえ失ってしまうことが、私にもありました。

それでも、なによりも大切なのが子供でした。
30年以上も自由気ままに生きてきたので、子供を抱えた生活は、言葉は悪いですが、両足にがっしりと足枷がついたようなものでした。
しかしその足枷は、わたしにとっては同時に幸せや喜びの足枷と言ってもいいものでした。

子供がいなければ、きっと存分に好きな仕事に打ち込み、世界中を旅して生きていただろうなと想像することがあります。

しかし、子供と一緒に生きるという人生もまた楽しいものです。

どちらがいいということではなく、どんな状況であっても一生懸命に生きることを楽しむ。それが大切なのだろうと思います。

「子供、子供」と言っていても、たった20年ばかりのこと。長いようでいて、過ぎてしまえば、人生のたった4分の1に過ぎません。
子供が巣立てば、また昔のようにひとりに戻るのです。

夫はいますが、大人なのでお互いに依存しなくてもいい、相手に対して責任を持つ必要がないという点では子供とは違います。

老後は誰に気兼ねすることなく、お互いに好きなことをしましょうと話しています。そんな中で、共有できる部分があれば一緒に楽しめばいいと。





人はひとりで生まれてきて、ひとりで死んでいく。

それこそが、よき人生を送るヒントです。

夫や子供達はいるけれど、みんなそれぞれの人生があり、歩きたい道も異なります。
ある一時期、共に過ごしても、最後はまたひとりに戻るのです。

ひとりであることは孤独ではなく、自由の獲得であると思っています。

そう思えば、子供達が巣立ったあと、空の巣症候群のようになったり、子供に依存することもないでしょう。
経済的にはもちろんですが、精神的にも絶対に子供には依存してはいけないと思っています。

自分が実母から精神的な依存を受け続けてきたからこそ、余計にそう感じるのです。

「マミーはいまどこにいるのかしら?何してるんだろう?」

子供達の方がそう思うくらいに、自由闊達な老後を目指しています。

もし、それができたとしたら、私の子育ても成功、自分の人生も100点満点です。





ちなみに今日は、フランスの映画監督、脚本家であるパトリス・ルコントさんの生まれた日です。

80年代後半、この方の映画に傾倒していました。

特に『髪結の亭主』という作品が大好きで、何度も繰り返し観た記憶があります。

映画評ではないので内容などは割愛しますが、映像の美しさと、ともすると病的な人生観を持つ登場人物たちが織りなす日常が静かに描かれています。

ところが、実のところ静かでも平凡でもない現実離れしたストーリー。
好きだけれども理解ができないという、ちょっと厄介なところが魅力でもあったのかも知れません。

フランス映画だからこそ、それを美しく見せることができるのか。。。
文化の違いという垣根がある限り、この世界観を完全に理解することはできないのだろうと今でも思っています。

ご興味のある方は、ネットであらすじなどを検索してみては?

きっと「意味不明。。。」と思うかもしれませんが(笑)

若い頃は興行的に成功したような映画よりも、映画祭で評価されるような作品を多く観ていました。
若者特有の嗜好へのこだわりとでもいうのか、難解なものを求める傾向にあったのですね。。。
しかし、いまはなんでもOKです。アニメーション映画だって韓流だって、なんでも観ちゃいます。

もはや、楽しければなんでもいいのです!

年間でいくら貯金できるか?デパ地下禁止令と老後貯蓄ゲーム化の「楽」

2020年11月11日(水)

1が並んだゾロ目の日ですね。
特に何かあるわけではありませんが、ゾロ目というだけで、なんとなく特別な日に感じます。。。

今日も朝晩の冷え込みはなかなかでしたが、日中は陽射しが強く、とてもよいお天気だったので、ベランダに出て花の苗を植えたり、花台をおくためのスペースを作ったりと作業をしていました。

本当はぶらりと百貨店にでも行こうかと思いましたが、思いとどまりました。。。

なぜかと言えば、目標達成までの道のりが果てしなく遠いと知ったからです。

どんな目標かといえば、貯蓄目標です。

昨年の今頃だったでしょうか、私は自分なりに高いハードルを掲げ、貯蓄を誓ったのでした。。。
しかし、昨日家計簿を見ていたら、目標額には程遠いことが判明。。。

これまでは特に「毎月◯◯万円貯金する」という決め事を作ったことはありませんでした。

遣いたい時は遣うし、そうでない時は遣わない。余ればそれが貯金と、この30年ばかりはそんなゆるゆる貯蓄でした。

しかし、いざ目標を設定してみると、きちんと意識して管理しない限り、思ったよりも貯まらないのだと今更ながら唖然としたのです。
どれだけどんぶり家計なのでしょうか。





自分の好きなものには散財しますが、それ以外のものに対してはこだわりがないので、たいしてお金は必要ありません。
これまで、それでバランスがとれていたと思っていました。

私の「好き」といえば、ひとり旅と食べることくらいのものです。
ひとり旅はまだ学生の子供がいるので、今は自由にはできないのでお金はかかりません。
食に関しては全般興味はありますが、病気をしたことですっかり胃腸が弱くなり、この10年ばかりはフレンチだ、イタリアンだなどと、あちこちのレストランへ行くことはほとんどなくなりました。
その代わり、好きなお菓子にはお金を遣いますが、月に何十万も遣うわけではありません。

ファッションも多少高価でも、質の良いオーソドックスなものを買えば何年も使えるので、服も靴もバッグなども、滅多に買いません。

美容に関しても必要最小限。エステにもジムにも行かないので、美容院へ行くくらいです。これも毎月ではないので、大した額にはなりません。
グッズや化粧品は美容オタクの長女から「使わないからあげる」と様々なものが回ってくるので、自分で買うのは年に数回で事足ります。

お友達とのお付き合いもディナーではなくランチばかりなので、それほど高額にはなりません。

こんな質素に暮らしているのに、なぜ貯蓄目標が達成できない⁉︎





理由を探ってみたところ、2つありました。
まず、子供達の教育費。受験生を抱えているため、通常の学費2人分だけでなく、予備校や模試、参考書類などの費用が加算されていたのですね。
しかし、これは必要なものなので仕方がありません。

問題はもう一つの理由。
私の無駄遣いです。。。

本人は質素に暮らしているつもりでも、実は知らず知らずのうちに散財しているものです。

私は長年家計簿をつけていますが、これは節約などのためではなく、ただの記録好き、そして1年間でどれだけのお金が入ってきて、どれだけのお金が出て行ったのか?
単純に知りたいだけなのです。
年末に一年の総支出を見るのが楽しみで、家計簿をつけているようなものです(笑)

家計簿をしっかり見れば、何に対してどれだけの支出があるか一目瞭然です。

私の無駄遣いは全て食べ物。。。しかもデパ地下での散財が原因です。

好きでふらふらと出かけたくせに、「疲れちゃったわ」と、惣菜を山ほど買って帰り、おまけに目についた美味しそうなお菓子を金額関係なく買うという暴挙。。。

以前はこのお菓子代くらいはGoogleアドセンス広告で充分にまかなえていましたが、5月あたりだったでしょうか、情け容赦ないアップデートにより、アクセス半減、収益半減となっていたのです。

それでも構わずにデパ地下で大盤振る舞いを繰り返しているうち、塵も積もればで、結構な散財をしていました。。。

これが目標額に届かなかった原因です。





しかし、まだ2ヶ月あります!
この2ヶ月でどれだけ挽回することができるか⁉︎
目標額には届かなくても、貯蓄は1円でも多いに越したことはありません。

しかし。。。
ひとたびデパ地下へ足を踏み入れれば、そこは私のワンダーランドです。小さな子供がディズニーランドでおかしくなってしまうように、私もデパ地下へ行くと理性を保つことが難しくなるのです。

ひょっとしたら、目に見えない、聞こえない「食べたくなる」効果を出すなにかが、そこら中に撒き散らされているのではないかとの疑惑を持っているほどです(笑)

「食べる贅沢などたかが知れているのだから、生きているうちに美味しいものをたくさん食べよ!」

今は亡き父にそう言われて育った私は、その呪縛から未だ逃れられずにいるのです。。。

子供達がいれば「もういいでしょ?そんなに食べられないよ」などと止めてくれますが、一人では無理なのです。

ちなみに夫が一緒ではさらに状況は悪化します。夫も私と同じで食べることがとても好きなのです。外国人にとってデパ地下はとても魅力的に映るようで、私以上にフィーバーし、「お値段がおかしくありませんか?」という舶来物に手を出すので危険です。

とはいえ、服やアクセサリーなどはとても高価なものもありますが、食べ物はたとえ百貨店であっても、よほどのものでなければ一つ何万円もするわけではありません。。。

そんな油断といいますか習慣が、私の貯蓄を邪魔していたのです。。。

お金を遣ったなら、その分また稼げばいいだけのこと。

若い頃からずっとそう思ってきました。実際にそれで回っていました。

しかし、今はもうそんなことを言ってはいられません。
時代も変わりました。おまけに新型コロナのせいで経済も悪くなることはあっても、よくなる希望は見えません。

なにより、私も夫も歳をとったのです。
若い時のように、必要なだけ稼ぐ!と、そんな気概も能力も体力も、もはやありません。

遣った分以上に稼ぐことができないのなら、支出を減らすしかありません。そして、老後のために少しでも貯蓄を増やしておく。

私も人並みにそんなことを考えるようになりました。

そのためには、鬼門であるデパ地下へは行かないに限ります。

家にいれば支出は0円!

これからさらに寒くなるので、それは家に籠るいい口実になります。
わざわざ用事を作ったり、暇だからとふらふら出かけることはあらためて、少し堅実になろうと思いました。

昨日、家計簿を見ながら、「さて、クリスマスから年始にかけての予算はいかほどに?」などと考えていたのですが、今年の年末年始は旅行に出かけるので、お正月のお支度は必要ありません。

いつもよりも、予算が少なく済みそうなので、その分を貯蓄に加算し、ラストスパートです。

あと2ヶ月でどれだけ貯金できるか⁉︎

ゲームのようにやれば少しは楽しめるのでしょうかね。。。





ちなみに今日は、女優であると同時に随筆家としても知られた沢村貞子さんの生まれた日です。

多分、若い方はご存知ないと思います。50代の私でさえも、あまり馴染みのない方ですので。。。

ただ、実家の本棚にはこの方のエッセイ本などがたくさん並んでいたのを覚えています。
特に母は沢村貞子さんの『わたしの献立日記』が好きだったようで、その影響が我が家の食卓にもあらわれていました。

主婦となった今ならわかります。日々の献立を考えることがどれだけ大変か。。。
一日3食、毎日毎日違ったものを作り続けるのは、本当に骨が折れます。
私など、作るよりも献立を考える方が面倒に感じるほどです。

外国人と結婚したことで、和食よりは洋食寄りの食生活が当たり前となりましたが、歳を重ねるうちに、実家でいつも味わっていたような和食を恋しく思うようになりました。

今度実家へ行くことでがあれば、本棚から『わたしの献立日記』をもらってきましょうか。。。
和食を見つめ直す上での、よい参考書となりそうや気がします。

昨日とは違う今日。変化を求め続けることの「楽」

2020年11月10日(火)

今日も寒い一日でした。
まだ11月なのに、今から寒いなどと言っていては、この先が思いやられますが、最近はいよいよ冬がやってきたなと思えるほど寒くなってきました。

新型コロナも相変わらず感染者数は減りません。それどころか、北海道などは過去最高の感染者数を記録するなど、東京もこれから冬に向かってどうなるのかと、依然として明るい見通しは立たない状況です。

この冬はクリスマスやお正月といったイベントも、これまでとは違ったものになるのかなと想像しています。

そんな心配はあるものの、新しい季節を迎えるのは、どんなときでもワクワクします。

北の国ではもう雪が降り積もっている地域もあります。
そんな様子をニュースで見たりすると、「ああ、冬がきたな」と、なぜか嬉しくなるのです。

冬に限らず、春でも夏でも秋でも、新しい季節が巡ってきたと感じた時は、いつも心躍るような気持ちになります。


これは変わることで新しいなにかが生まれるのではないか?
そんな期待があるせいかも知れません。

つまり変化を求めているということです。





個人的には「変化」に対してポジティブなイメージを持っていますが、違った側面から見ると、かなりマイナスな言葉ともとれます。
特に日本ではそんな傾向が強い気がします。

例えば、変化の反対はなんだろうと考えて思い浮かぶのは「安定」です。
現状維持することで得られる安定は、多くの人が望むことでもあります。

一方で、変化を求めることは、ある意味賭け事のような側面もあると言えます。

よくサラリーマンなどが突然会社を辞めて起業するとか、ブロガーになってしまうとか(笑)

安定した収入が約束されず、苦労ばかりが多く失敗するかも。。。

そんな想像が嫌でも頭に浮かんできますね。

しかし、反対にサラリーマン時代よりも充実した生活、収入を得られる可能性もゼロではありません。

そこが賭けのようなものなのですが、きっとこのような変化を求める人は、そんなことも承知の上で、現状打破したいのだろうと思います。

本来、人間はホメオスタシス(恒常性)という現状維持機能が備わっているため、本能的に変化を食い止めようとする働きがあるそうです。

身体的な変化に対して、現状を保持しようと体温を上げたり下げたりという例が一番わかりやすいかと思いますが、現状維持することは自己防衛することでもあるのです。

そんな本能を持っているせいでしょうか、人は今が安泰であるなら、変わらないことこそが安全であると思うのでしょう。

確かに安心して生活できるのは、誰もが望むところで、私も平和な生活を求めています。

しかし、なんだかずっと同じ状態が続くと、どうもムズムズとしてくる性分のようで、突然自分の置かれている環境を変えたくなるのです。

若い頃に海外暮らしを選択したのも、このムズムズが原因です。
時はバブル期、仕事もうまくいっていて、収入も十分贅沢できるくらいにはありましたし、何一つ生活に不満はありませんでした。
しかし、だからこそなのでしょう。変わらない満ち足りた毎日が退屈に思え、変化が欲しくなったのです。

結婚に関しても、たまたま外国人の夫とご縁があったのだとは思いますが、ここでもまたちょっと面白い生活ができそうだなと、新しい経験を期待しました。

子供を産んだのも、仕事を辞めたのも、すべてそれまでとは違った生活がしてみたかったせいかも知れません。

それがよい結果を生んだか否かは別として、新しい変化のある生活を望んだという点では、思い通りの人生であったと言えます。





私は基本的に物事を深く考えません。小難しく考えていると、何が正解なのか余計にわからなくなるので、「物事は人が考えるよりもシンプルである」そう捉えるようにしています。

仕事はお金が入ってくればいい、結婚も一緒に難なく暮らせる相手ならいい、人間関係も不快でなければいい、ファッションなども年齢相応におかしくなければいいといった具合に、余計なオプションはつけず、極力シンプルに考えるようにしています。

そんなふうに、こだわりが薄いおかげで、変化に対しても強い拒絶反応が少ないようです。

こだわりがないからこそ、これがダメなら次はこれ、これよりもベターなものがありそうだから別の方へと、ぴょんぴょんと飛び回ることができるのです。

実際はそれに加えて、辛抱ができないという難もありますが。。。

子育てを経験して、かなり改善されましたが、「嫌だな」と思ったら、そこに止まっていることができない性格なのです。
少しでも「なんか違う。。。」そう思うと、すぐにそんな不快な環境を変えようと、動いてしまう癖があるのです。

これはいい時もあれば悪い時もあるので、一概にどちらがいいとは言えませんが、世の中には「しなくてもいい我慢、無駄な我慢」というものが溢れているものです。現状維持することが100%安全だとも言い切れません。

もしも変化を求めずに生きてきたら、ひょっとしてもっと素晴らしい人生を送れていたかも知れません。

しかし、そればかりは神のみぞ知るで、なんの確証もないのですから、考えたところで時間の無駄です。。。

変化を求めるにはリスクもあります。そのせいで失敗もたくさんしたので、もしかしたら安定こそが平和な人生かとも思えます。

ただ、変化を求める生活をしてきたからこそ、いまの自分に満足できているのかなとも感じます。

やりたいことを安定のために諦めるのは、それこそストレスフルなものです。





普通であれば50を過ぎて、そろそろ現状維持に向かう年齢にきたかなと感じ始める時期でしょうが、私にとってはこれからがまた変化を楽しむ時期だと思っています。

この20年、ずっと子育てをしてきて家族中心の生活でした。そんな中で自分だけが変化を求めるなどという勝手なこともできないので、渋々現状維持を選択したことも多くありました。

しかし、これからはまた第二の人生です。子供達が自立すれば、私の時間は私のものであり、自分の意思でなんでも好きなことを選択することができるのです。

何がしたいのか、何ができるのか、それはその時になってみないとわかりません。

大きな変化は無理でも、能動的に変化を起こそうと思えば、大小関わらず、選択肢は色々あります。

その時々、変化が欲しい!と思った時には、好きに動けるという自由があるのは、とても喜ばしいことです。

変わらないことを選択する可能性もありますが、きっと何かしら新しいものを探すことでしょう。

やっぱり新しいこと、違うこと、変化のある生活は楽しいもの。

昨日とは違う今日を!
ということで、昨日は外出だったので、今日は家にこもって年末歳費の予算について、あれこれと計画を立てたり、のんびりと過ごしたのでした。。。





ちなみに今日は、数々の映画音楽を手がけたイタリアの作曲家、エンニオ・モリコーネさんの生まれた日です。

日本では『シネマインパラダイス』『海の上のピアニスト』『ワンス・アポン・ア・イン・アメリカ』あたりがよく知られています。

きっと曲を聞けば、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。それほど多くの映画音楽を世に送り出してきた方です。

モリコーネについては語りきれないほどの想いがあるほど大好きな音楽家です。

映画音楽の巨匠といってもいい方ですが、私にとっては長年究極の癒し音楽として、常にそばにありました。

その美しいメロディーは、まるで目に見えない夜露がそっと降りてくるように、少しずつ少しずつ魂に沁みてきます。

どんなに辛いことや悲しいこと、憤ることがあっても、モリコーネを聴くと気持ちが落ち着き、また頑張ろう!と思えるのです。

まさにヒーラーといってもいい稀有な才能を持った方なのです。

残念ながら、今年の7月にお亡くなりになってしまいましたが、モリコーネがこの世に残したメロディーは、永遠に人々の心を癒していくことと思います。

Love Morricone ......

早起きは三文の徳に思う、早く起きることでもたらされる「楽」

2020年11月9日(月)

ようやく月曜日です。
働いている人にとっては、週末が待ち遠しいのでしょうが、私にとっては平常運転に戻れる月曜日こそが待ちに待った日となるのです。

しかし、のんびりはしていられませんでした。今日は朝から病院の予約が入っていたので。。。

どこか悪いわけでもなく、検診というのでもない、いつもの顔見せです。

「変わりはありませんか?」

「はい。大丈夫です」

そんな、決まりきったやり取りと、気になることや、最近ならコロナの状況など、少しだけ話して診察室を出る。。。そんな病院通いをもう10年近く続けています。

一度大きな病気をしているので、人一倍気をつけなければいけないと、定期的に通うことになっているのです。

主治医もずっと変わらずで、気楽ではありますが、やはり病院ともなると好んで行きたいわけではありません。
なによりも面倒ですし、心身ともに消耗するのか、気持ちも暗くなります。。。

病院を出た後、まだ時間も早かったので、少し気分を変えようと、いつもは乗らないバスに乗り、お買い物をしてきました。

しかし、時間が早かったせいで、開いているお店といえば、スーパーくらい。。。

いつも思うことですが、都心の朝というのは始まりが本当に遅いのです。
ほとんどのお店も商業施設も11時にならないとオープンしません。
11時など私にとっては、もうお昼です。


とりあえずスーパーで買い物をして、そのあとは11時になるまで、カフェで時間を潰しました。

こんな時間をゆったりと、まるでご褒美時間のように過ごせればいいのでしょうが、せっかちなのか、どうしても「時間の無駄!」と思ってしまいます。





「早起きは三文の徳」

そんな諺があります。

早起きをすると、なにか得することがありそう!と期待を持たせるような言葉ですが、無駄な早起きばかりしている私には、なにが「三文の徳」なのか実感できないのが正直なところです。

「三文の徳」の三文とは、小さなお金という意味で、それは江戸時代以前に使用されていた最小貨幣単位からきているといいます。

早起きをすれば、ほんの少しでもいいことがあるという意味ですね。

英語で言い換えると、

The early bird gets the worm .

「早起きの鳥さんは餌にありつける」といったところでしょうか。

それなのに、早く起きた私はお店が開いていなくて、美味しいものにありつけない。

それどころか、むしろ時間潰しのために、時間とお茶代を浪費しているではありませんか‼︎

これは、先人の言った言葉だからと、おいそれと信じてはいけませんね。

と、思ったものの。。。

先日、百貨店であった某洋菓子屋さんの催事では、早起きが功をなして限定8点というハードル高きお菓子をゲットしたのでしたっけ!

もうすこしゆっくり出かけるつもりが、いつも早くから起きているので、待っているのももどかしく、早く家を出たのが吉と出ました。

ああ、やはり早起き鳥は餌をゲットできるのです。

前言撤回。この諺はまんざら嘘ではありません(笑)





このような物理的な得がなかったとしても、早起きとは気持ちの良いものです。

まだ夜が明け切らない、朝ぼらけの静かで澄んだ空気は清々しく、そこに気持ちが落ち込むような気配は全く見当たりません。
それくらい晴々とした気持ちになれるのが早朝です。

なによりも、まだ家族も街も起き出す前の静けさは、捨てがたいものでもあります。

私はよくそんな朝時間にブログを書くのですが、1日のうちで一番捗るのが朝と言ってもいいくらい、冴え冴えとしています。

冬になると寒くてお布団から出るのが辛くなると言いますが、寒い中起き出して、お湯を沸かし、まだ暖まっていない部屋の中で、熱いコーヒーをふーふー飲むのも美味しいものです。

さて、今日はなにをしようか、どうやって過ごそうかと、美味しいコーヒーを飲みながら、そんなことを考えていると、また今日もよい一日になりそうだわ!と、なんだか楽しい気持ちになるものです。

やっぱり、早起きは三文の徳みたいです。。。





ちなみに今日は、KPOPグループTWICEのメンバーであるモモさんの生まれた日です。

日本人でありながら韓国エンタメの世界で活躍しているモモさん。可愛いですね。

しかし、その可愛らしいルックスの裏には、計り知れないど根性が隠れていることでしょう。

聞き齧ったところによりますと、韓国エンタメの世界は、デビューするまでのハードルがとてつもなく高いといわれています。

何年も厳しいレッスンに耐えながら、他の練習生たちと共同生活を送ると言います。

韓国でなくても、海外で暮らすには、それなりの苦労があります。
生活習慣の違い、人間関係、食べ物、人種の問題など、誰もが何かしらの問題を抱えると言ってもいいくらい、色々あるものです。

特に我が家の外国人夫を見ていてもわかるのですが、なにかにつけ自分!自分!と自己主張してくるのが当たり前の世界では、日本人の慎しみ深さは弱点にしかなりません。

同じアジアでもそれは変わらないでしょう。
「アジアのラテン」とも呼ばれる韓国です。韓流ドラマなどを観ていても、感情の起伏激しく、コップの水をかけるなどまだまだ甘く、キムチでビンタなんてことまでする、もはや制御不能なラディカルな方々がたくさんいるのです(ドラマの中だけ?)。

とにかく、そんな中でのし上がってきたのですから、モモさんもそれに等しい気質を持っているのかも知れません。もしくは、あちらで気の強さが培われたか。。。

歌やダンスの才能、努力だけでは決して成功できなかったと想像しますが、どうなのでしょう。。。

いずれにしても、天晴れであるなと思います。

KPOPの流行で、日本人もあちらから続々とデビューしている昨今ですが、私はやっぱりおばさんなので、KPOPよりも韓流ドラマ派です。

go to eat に乗れないことや、この先予想される増税のことなどを思い、やれやれといった「哀」

2020年11月8日(日)

今日こそは家で過ごそう!と、買い物などは常に理由さえあればどこかへ行きたいとソワソワしている夫に頼み、私は引きこもりました。

友人たちも日曜日は割と家で過ごすことが多いのか、ランチのお誘いメールなどが入ってきたりすることが多いのですが、今日も「そろそろ集まりませんか?」との連絡が一つ届きました。

ではいつもの場所で。。。
と、これまでなら簡単に決まるのですが、今回はちょっと苦戦しました。

コロナとgo to eat のせいです。

密になることを防止するために、3人以上での会食はNGとしている店が割と多いのです。

では、別の店にしましょう。

そう、いつものプランB、プランCなど、他の店へアプローチするも、やはり人数の壁とgo to キャンペーンの影響で予約がいっぱいなど、なかなか思うようにいきません。

これには大層驚いた私たちでした。

世間では「go to ◯◯」なるもので賑わっている様子ですが、私はまだ使ったことがないどころか、周りの友人知人で使ったことがあるという人すら皆無です。

もはやツチノコと同じ、ありそうでないgo to eat ⁉︎

半分冗談がてら、そう思っていた私たちは、このキャンペーンの影響で予約が取れないという事態を目の当たりにし、go to eatが実存することを知ったのでした。。。





go to eat を便利に使っている人にとっては嬉しいキャンペーンでしょうが、これが実に厄介だと思っている層もたくさんいるはずです。

いつも使っていた店の予約が取りにくくなった。

これまで大人中心の静かだった店に、突然ファミリー層が増えて賑やかになった。

などなど。。。

飲食店へ行く場合、お店にもよりけりですが、決して食べることだけが目的になっているわけではありません。

レストランという非日常的な空間で、誰かと食や会話を楽しむというエンタメ的要素が多分に含まれています。

どんな楽しみ方をするかによって、使う店を選ぶのです。

静かに時間をかけ、会話を楽しみながら食事がしたいときは、それなりの値段のお店を選び、逆に家族や友人とでわいわいと食事したいときは、それができる店を選ぶ。。。

そんなバランスがgo to eat によって、崩れ始めているという話も聞きます。

それならばと、キャンペーン対象外の店に絞ってみたところ、こちらの方は通常運転。予約もサクサクとれ、お店の方に聞いたところ、以前と変わりはないとのことで、一件落着となったのでした。



子育てを終えた私たちは、ランチでもディナーでも、できる限り子供のいない静かな店を選びます。

こんなことを言うと、子育て世代の方々から激しく反感を買いそうですが、20年かけてようやく子育てを終えたのだから、それくらいは許して頂きたい。

きっと若いお父さん、お母さん方も20年後には、同じように「勘弁して〜」となるはずです(笑)

いつか行く道。。。

もう、子供の騒ぐ声は嫌というほど聞いてきましたし、十分に大変さも味わいました。
親としての大変さをわかりすぎるくらいわかっているからこそ、大人と子供の棲み分けを望むのです。

海外などでは暗黙の了解として、決して子連れでは行かないというお店が多くありました。
子供達が幼い頃は、行きたいお店に行けないという状況が悲しくもありましたが、今考えるとわかります。

大人にも静かに食事と雰囲気を楽しむ権利があるのです。

日本ではそのあたりの棲み分けが曖昧だと感じることがあります。

親になったら楽しんではいけないの?

そんな声もありますが、家族でわいわい楽しめる場所はたくさんあります。わざわざ大人の世界にやってこなくても、他に選択肢はあります。

何もかも望むもの、望むことが得られるほど人生は簡単ではありません。
何かを得たら、他の何かを捨てる覚悟も時には必要なのです。

よく子育てを終えた世代の女性は意地悪と言われますが、それは単に卒業したいだけ。子育てには無関心でいたいだけなのです。

しかし、かと言って邪険にしているわけではなく、ただ単に棲み分けをしましょうね。ということなのです。

これは子育てを終えた世代だけでなく、子供のいない方や独身の方などの中にもそう考えている人はいるだろうと思います。

まだ子育て真っ盛りであった若い頃、ある年配の方に言われたことがありました。

「自分の子供が可愛いと思うのは親だけ。他人にとっては特別でもなんでもない存在なのよ」と。。。

私は子育てをしているとき、常にこの言葉を念頭においていました。

子供だから仕方ない。。。

子供だからいいだろう。。。

これは親側の理屈であり、他人にとっては非常に理不尽な言い分であると、気付かされたからです。

子供を持つこと、子供を育てることは自分にとっては特別なことでも、他人にとっては特別でもなんでもない、ただ別の人が選択した人生の一つに他ならないということなのです。

最近、子育て世代の声があまりにも大きいので、子育て終了世代からも、ネットの隅っこで小さく呟いてみました(笑)





ちょっと話が横道へそれ、別の山に登り下ってきた感じですが、話を戻すとgo to eat 。

「使わないと損!」などとも言われているようですが、別に使わずとも自分が損をするわけではありません。
得をしないというだけのことです。

それよりも、使うことで飲食店が得をするというシステムだったはずでは?。。。

飲食店救済が目的という認識でしたが、使い方によっては、店側は手間だけが増えて利益には結びつかないという話もあります。

つまり、go to eat を使用する場合は、お店になるべく大きな利益がでるような使い方をするのが望ましいということですね。

go to eat を活用している方は、経済を回すお手伝いをしているということになります。

ということは、それを全く使わない、使おうとも考えない私や周りの友人知人たちは社会に貢献していない⁉︎

若い人たちがしっかり経済を回そうと頑張っているのですから、我々中年も別のやり方で社会貢献しましょう!

そんなわけで、キャンペーン対象のお店は若者に任せ、私たちは対象外のお店にお金を落とし、楽しく過ごすことにしました。

それにしても、コロナ以降に出てきた諸々のキャンペーン。。。
今後、さらなる増税とならないか、そちらを考えると、うかうかキャンペーンに乗っている場合ではないかも。。。などと思うのでした。





ちなみに今日は、アメリカの作家であるマーガレット・ミッチェルさんの生まれた日です。

言わずと知れた『風と共に去りぬ』の作者ですね。
私は大昔に小説も読みましたし、映画も何度となく繰り返し観たものです。

今では懐かしの VHSのビデオを持っていたので(笑)

現在アメリカは大統領選挙で揺れに揺れていますが、その様子をニュースなどで見ていると、なぜか私はこの『風と共に去りぬ』を思い出します。

古き良きアメリカの姿、人種の問題など、あの映画で観ていたアメリカと、今のアメリカが見えない線で繋がっているように感じられるのです。

アメリカがクシャミをすると、日本が風邪を引く。。。

そう言われるくらいですから、たとえ異国の出来事とはいえ、全く無関心ではいられません。

それでも、どんな未来がこようとも、あのスカーレット・オハラのように、凛と上を向き、強く生きていこうと思うのでした。。。