365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

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一週間の引きこもり生活で知った引きこもりの心境と、人は一人では生きられないという現実の「哀」

2021年1月6日(水)

今日もまだ動けず。。。

変わらずヨタヨタしながら、最低限の家事だけしつつ、あとはソファーに根っこが生えたような状態で過ごしました。

近くのコンビニくらいは行けるかな?と思いましたが、着替えをするのもつらいので、今日もまだ一歩も家から出られませんでした。

今年は仕事始めも早かったせいか、世の中お正月気分は抜けて、通常モードに戻っています。

そんな中、何もできずに引きこもっていると、いくら仕事をしていない身の上とはいえ、多少の不都合が生じ、自分一人では生活できない状態になってきます。

今はとりあえず食べることには困りませんが、それも家族が代わりにやってくれるからで、自分一人であったら、どうなっていたのだろうと思いました。

たくさんあると思っている食料品もやがては尽きます。手元にある現金も減り、そろそろ銀行にも行かないとなど、もしも一人であったら困ることがたくさん出てきそうです。

今はネットでお買い物をすれば、現金で決済する必要もありませんし、玄関先までなんでも品物を届けてもらえる時代ですが、玄関まで取りに行くことすらできない状態では、どうにもなりません。

普段は「ひとりになりたい」などと、お一人様礼賛!とばかりに語っていましたが、やはり人間一人で生きていくには、相当の覚悟が必要であると改めて感じました。

社会と断絶された世界で、たった一人で生きていくことは、ほとんど不可能ではないかとすら思います。

自立だなんだのと言っても、それは自分が元気だから言えることで、万が一の時は結局誰かに頼らずを得ないのです。

頼れる存在である家族がいない人などだって、ヘルパーさんなどにお願いして、自分のできないことをしてもらうという点では、誰かに手助けをしてもらっていることになります。





誰かに頼るのは、たとえそれが家族だとしても心苦しいものです。遠慮しているというのではなく、自分自身が何もできないことが苦しいのです。

自分のことは自分で面倒を見るべきと、自立!自立!と言ってきた自分が、誰かの世話にならないと普通の暮らしすらままならない状態がつらいのです。

しかし、そうは言っても、自分でやりたくてもできなのなら仕方がありません。不本意ながら誰かに頼るしかありません。。。

引きこもりというのも、そういう点でとてもつらいものなのだなと思います。

昨今問題となっている引きこもりも、誰かしら助けてくれる人がいるからこそできることなのでしょう。

私の遠い親類にも何十年も引きこもっている女性がいます。私は会ったことがありませんが、もう30年以上になるそうです。

毎日、年老いた親を買い物に行かせ、食事の用意をさせ、自分はただ部屋でお菓子を食べながら好きなことをして過ごしているそうです。

人と接するのが難しいのかと思えば、そうでもないらしく、親類の誰かが訪れた際には、なんだかんだと話をし、説教までしてくれるそうです(笑)
30年間引きこもっている間に、たくさんの本を読んだから、知識は人並み以上だと豪語しているらしく、親戚のおばさん相手に討論して論破することで優越感を得ている、なんて話も聞きました。

私のところにも、そんな論破された親戚のおばさんから、一度相手をして欲しいと頼まれたことがありました。

私は暇なので旅行がてら行ってもいいわよ!と快くお返事をしましたが、「あの人とは会いたくない」とお断りされたと言います。

親類縁者の中ではブラックシープ的存在として悪名高い私なら、きっと引きこもり批判をしてくるだろうとでも思ったのか、敬遠されてしまったようです(笑)
そんなわけで、30年もの間引きこもり生活を続けているその女性に興味を持ちながらも、未だに会ったことはないのです。

そんな女性の話を聞くたびに、先のことを考えて不安にならないのだろうかと思います。
そこに至るまで、なにかしらの理由あってのこととは思います。他人には理解できない心の問題など、一言で非難できるものではありません。





その女性の生活は、昨今問題とされている「8050問題」そのものです。
これは80代の親が50代の引きこもりの子供を抱えているという問題について言われている言葉です。

親類の女性も私と同じような年齢なので、すでに50代です。地方都市で持家、まだ両親ともに現在ですが、これといった資産があるわけでもなく、 80代の両親の年金に頼った暮らしです。

両親は自分亡き後の娘の生活を危惧し、色々な人に相談を持ちかけているようですが、当人から危機感は見えないといいます。

ほとんど働いた経験もなく、常に誰かに支えられて生きてきたせいか、誰かしらが面倒を見てくれると思っている節があると言う人もいます。

まだ結婚も諦めてはいないといいますが、一歩も外に出ず、毎日お菓子を食べてブクブクと太った、何も持たない50代の女性にそんな可能性は限りなく低いでしょう。

ただ思うのは、実は本人も引きこもっていることが辛いと感じているのではないかということです。

私などたった1週間、腰痛で引きこもらざるを得ないだけで、これほど悶々としてしまうのですから、30年間ともなればその苦悩はいくばかりかと思うのです。
自分では何もできないもどかしさ、苛立たしさなど、感じないわけはないはずです。

前述としたように、人はたった一人きりで生きていくのは難しいことです。
この引きこもりの女性も今は両親が健在なので生活はできますが、両親も80代となればいつ介護が必要になるか、また寿命が尽きるかもわかりません。

これまでは、自立しようとしなかったせいであり、どんな結果になろうとも自業自得!などと思っていました。

しかし、もしかしたら出たくでも出られなかったのかもしれない。。。とも思うようになりました。

健康とは身体だけでなく心も含めてのことです。

私はたまたま腰痛という体の不調によって外に出られない状態ですが、心の健康を損なって出られない人も当然いるはずです。

人と接することが辛いという理由で引きこもっているとすれば、こんな人はどうしたらいいのでしょうか。

「人は一人で生きられない」のだとすると、居場所はないも同然です。
それとも、どこかに救いの道はあるのでしょうか。。。





東京ではいよいよ2度目の緊急事態宣言が発出され、明日あたりからまた自粛生活に入ります。

コロナ禍で過ごした約一年の間、メンタルに不調をきたした人が多くいるといいます。
特に若い女性に顕著だと言いますが、人との繋がりが見えないことで、孤独を感じてしまうということなのでしょう。

人は誰しも人と繋がることを求めているのかもしれません。
私のように「ひとりで全然平気!」と言っている人間でさえも、ひとたび不自由になれば心弱くなるのですから。。。

何十年も引きこもりを続けている人も、ひとりで引きこもっているわけではなく、そこには家族がいるこそ何十年もそうしていられるのでしょう。

腰痛で引きこもっている私とは、まったく状況は違いますが、家に引きこもっている、外に出られないという点では同じです。

自分が似たような状況になって、初めてその心中を想像し、これまでとは少し違った目で見られるようになりました。

昭和のバブル期を生きてきた人間は、どこか尊大なところがあり、なんでも頑張りが足りない!自己責任!と威勢のいい厳しい言葉で片付けるようなところがなきにしもあらずですが、自分が弱って初めてそれがおごりであるとわかります。

家の中で動くのすら大変な状態で、自分一人では何もできず、ただソファーに座って日がな一日を過ごしているので、普段は考えないようなことまで考えます。

これはこれで、私のような人間には必要な時間だったのかも知れないと思うのでした。。。





ちなみに今日は、イギリスのコメディアンであるローワン・アトキンソンさんの生まれた日です。

私は昔から日本の「お笑い」というのがあまり好きではありません。というよりも、笑えないのです。。。

昨今ではTVをつければ、ほとんどの番組にお笑い芸人と呼ばれる人達がでていますが、ちっとも面白いと思えないので、TVもあまり観ません。

しかし、このイギリスのコメディアンだけは笑えます。

日本でも『Mr.ビーン』で一躍有名になったローワン・アトキンソンさんです。

かつてこの『Mr.ビーン』のビデオをたくさん並べて、毎日のように観ては大爆笑していたものです。

言葉は一切なし。ただその動きだけで笑いを誘うというサイレントなショートストーリーですが、なぜかこれがツボにハマり、何度観てもおかしくて、おかしくて(笑)

こんなコメディアン、日本にはいませんよね?

腰痛と新型コロナの猛威に動けない新年だけど、少しでも「喜」をみつけたいと思う年のはじめ。

2021年1月5日(火)

今日も腰痛と共に目覚めました。
昨日よりは若干動けるようになったものの、まだ安静が必要なようです。

まったく不自由なものです。
健康な時は当たり前にできることが、これほどまで難儀になるとは。。。

健康であることの大切さをつくづく感じます。
そして、自分の年齢をかえりみれば、運動など特別なケアが必要だということも。

昨年から続く新型コロナの影響で、外出する機会もめっきり減り、必然的に運動不足になっていたのは明白です。

腰痛のせいもありますが、昨年の大晦日から全く外出していません。。。
この分だと一週間引きこもりが続きそうです。
年末に用意した食材は消費しきれず、未だに冷蔵、冷凍庫にたんまりとあるので特に買い物にも行く必要もありません。ちょっとしたお野菜などは、夫の仕事帰りにお願いすればいいので、外出する必要がないのです。

しかし、長らく家の中に引きこもっているのは、フィジカルの面ではもちろん、メンタル面でもあまりよろしくないのではと感じます。

今は、腰痛という「理由」があるので、休養という名の下、ゆっくりしようと思いますが、これがなんの理由もなく閉じこもっているとしたら、ちょっとつらいものがあります。





そんな中、新型コロナのさらなる感染拡大を抑えようと、東京では再び緊急事態宣言が検討されています。
これには賛否両論ありますが、正直言えばどちらがいいのかわかりません。。。

娘の友人など医療に携わる仕事をしている子達からは、とても大変な様子が伝わってくるようで、自分がお世話になる側になってはいけないと、娘も年末から一切外出を控えています。

一方で夫はこれまで通り、毎日仕事へ出かけています。どんなにコロナを恐れていても、働かないことには当然生活が成り立たないからです。

緊急事態宣言が再び発令されたとしても、前回のような効果が果たしてあるのか?

法的な縛りがない中では、自身の生活を守ること、つまり経済を動かすことを優先せざるを得ない人もたくさんいます。
もうこれ以上は限界。。。そんなところまできている人は少なくないでしょう。

立たされている立場によって、求めるものも異なります。万人にとってよい方法など、おそらくないのでしょう。
そんな中では不平不満を唱えていても、不毛なだけです。

何ができるのか、どうするべきかは各々考えるしかないのかなと思います。





私のように外に出る必要のない人間は、これからもしばらくは、不要不急の外出は自粛するのが一番かもしれません。

不自由な生活がこんなにも長く続くとは。。。しかも全く先が見えないというのが、なによりも不安なものです。

こんな生活の中でも、少しでも心が明るくなるようなことを見つけないと、心身の健康に影響がでそうです。。。

毎年景気のいい話題を提供してくれるマグロの初競も、今年は2000万円台と、昨年の10分の1でした。近年億越えが当たりになっていたので、ちょっと驚きました。コロナの影響はあらゆるところに波及しています。。。

人々の健康からマグロの初競まで、とにかくあらゆる面で激しく変化している年のはじめですが、年頭から暗くなっていてはいけません。
たとえ腰痛で思うように動けなくても、再び緊急事態宣言で自由に動けなくなろうとも、なにかしら心明るくなるようなことを考えながら生活していこうと思います。





ちなみに今日は、日本が誇る映画監督でありアニメーターである宮崎駿さんの生まれた日です。

ジブリのアニメはもう嫌いな人はいないのではないかというほど大人気で、どの作品も心に残る名作揃い。

先日も『風の谷のナウシカ』がTVで放送されていましたが、ついつい観てしまうんですよね。
10代の頃から何十回観たことか。。。しかし、観るたびに感動できる。そんな作品は珍しいです。

「生きる」ということ、自然との共存、人との触れ合いなど、人間として大切なことが宮崎駿アニメには散りばめられています。

ストーリーもさることながら、アニメーション、音楽と、何をとっても素晴らしい、子供から大人まで、老若男女誰もが楽しめる作品の数々。

何が一番すき?

そんな質問もよくありますが、選びようがありません。。。どれもみんな好きですが、強いて選ぶとすれば『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』『ハウルの動く城』なんかが好きです。

新年早々、原因不明の腰痛に見舞われ、何にもしないお正月が何もできないお正月になった「哀」

2021年1月4日(月)

年が明けてからの3日間、十分にのんびりさせてもらったので、今日からまた通常モードでいこう!

と、思っていたところ。。。

なんと、昨夜から突然腰が痛くなり、歩くのもままならない有り様になっております。

ギクッとした自覚はないのに、突然ギックリ腰みたいになってしまいました。
動かすと激痛がはしるので、歩くのは超小股のすり足で床を滑るように歩きます。
しゃがんだりはできないので、落としたゴミすら拾えません。

知らないうちにらどこか捻ったかしら?
明日起きた時には治ってるでしょう!

そう気楽に考えて寝ましたが、今朝起きた時も状況は同じでした。

とりあえず、なんとか起き上がり、いつもの家事をと思い、洗濯をしたものの、顔色が変わるほどの激痛です。しかし昭和生まれの根性を見せ、なんとか洗濯を干しましたが、お掃除までは無理でした。。。
あの石の塊のように重たいDysonが仇になりました。Makitaの掃除機を買っておけばよかったと激しく後悔です。。。





角度によって激しい傷みが生じるようなので、これは動かなければいいのだわ!と、朝からずーっとソファーにもたれたまま。
本当に一日中なにもできませんでした。

たまたま大学生の娘がいまだにリモート授業ということで在宅していたので、食事の支度など、必要なことはしてもらっています。

三ヶ日も何もせず、ようやくやる気になった途端にこれって。。。

神様は初詣にもいかず、なんのお願いもしていない私に、さらに休養せよと言っているのでしょうか。

家事なんて面倒くさーい!などと思っていましたが、いざ自分の好きなように動けないと、それはそれはなんだかもの足りません。

なんだか新年早々にこんな状態で、困ったものです。。。

しかし、今日は一つだけいいこともありました。
オンラインで発売されたお菓子を朝一で簡単ゲットできたことです。
先月はかなり激戦で時間がかかりましたが、今回はあっさりと購入できました。

悪いこともあれば、いいこともある。
まさにそれが人生です。

この腰の痛みもやがては癒えて、次にはきっといいことがたくさん押し寄せてくるだろうことを願い、治るまではソファーで日がな一日Netflix三昧していましょう。





ちなみに今日は『およげ!たいやきくん』という曲で一世を風靡した子門真人さんの生まれた日です。

お若い方はご存知ないかも知れませんが、この曲は大層ヒットしたもので、一家に一枚この曲のシングルレコードがあったといっても過言ではないほどでした。

この歌の舞台となったたい焼き屋さんが麻布十番にある『浪花家総本店』さんで、私もたまにいく店なのですが、お目当てはたい焼きではありません。。。
もちろん一番人気はたい焼きですが、私がここで買うのはソース焼きそばなんですね。
たい焼きも美味しいですが、こちらも隠れたファンがたくさんいます。

子供の頃によく聞いていた歌の舞台に訪れるのはなんとも不思議な気分ですが、ここの焼きそばはやめられません(笑)

神様や自然、目に見えないものに心傾ける何もしないお正月もまた「楽」

2021年1月3日(日)

外のお天気や気温がどんな感じなのかもわからないほど、今年に入ってからはずっと家に引きこもっています。

「ひきこもり」という積極的な選択ではなく、ただ外に出る必要がないから家にいるということなのですが。。。

例年なら近所の氏神様に御参りに行くところですが、小さいながらも地域の人々が集うので毎年結構混み合います。
わざわざ混んだところへ出向くこともないのでやめておきました。

また受験生がいる場合は、湯島天神から神田明神をはしご参拝するのが我が家で昔からしていることですが、こちらも今年は中止です。

元々それほど信心深いわけでもありませんが、なんとなく当たり前のようにやってきていることなので、それをするのかしないのか、考えるまでもなくしてきただけのこと。しなければいけない理由という理由もまたない。。。ということです。

確かに新年に御参りをすると、なんとなく清々しい気持ちにはなるものですが、初詣に行かないからといって、今年一年安泰に過ごすことができないとも思いません。

普段から人で混雑した場所は苦手でなるべく避けたいと思っていますし、それに加えて東京で日毎感染者の増加しているコロナの現状を思えば初詣など行かないほうがよほどご利益ありと思うのです。

私の信心など、その程度のものなのです。





先日も海外にる親類縁者から「あなたはなにを信心しているの?」と、つまりは宗教はなにか?と聞かれました。

「今はお正月だから神道だけど、クリスマスにはクリスチャンになるし、それ以外の時は仏教徒かな」

そう言ったところ、大爆笑されました。。。

私としては真剣に嘘偽りなく話したのですが、やはり確固たる信心を持つクリスチャンたちには、奇異に映ったようです。

「国際結婚は宗教もいろいろで楽しいな」

そんな風に思ったようですが、きっと私は日本人と結婚したとしても、同じだったでしょう。

それでも、神社仏閣を訪れれば、きちんと真剣な気持ちで手を合わせますし、チャーチへ行った際には心からの祈りを捧げます。

つまり、何を信心するかではなく、リスペクトなのです。

普段からたまたま通りかかった神社仏閣でお参りをしたり、気が向くと都内にいくつかあるお気に入りの神社へ行ったりすることもあります。

初詣に行かずとも、年に何度かは手を合わせに行くので、今年はお正月気分も抜け、「これから初詣?」と、そんな時期になってから、ひとりでひっそりと手を合わせに行こうと思っています。


今夜は『天気の子』を観ました。
TVでやっていたのを観たのですが、なかなか興味深く、おもしろかったです。

自然、そして神の存在、目に見えぬものの力。そうしたものを人は心のどこかで信じて生きているのかも知れません。

現実に目を向ければ、そんなことからは心遠く離れてしまいますが、こんな何もしないお正月くらいは、空の上のことを考えるのも楽しいものだと思ったのでした。





ちなみに今日は、ドイツのレーシングドライバーミハエル・シューマッハさんの生まれた日です。

昔々、よくF 1を観ていたころに活躍していたドライバーでした。
たまたま旅をしている途中、ベルギーでレースを観る機会があり、それ以来すっかりハマってしまったのです。

まだ「音速の貴公子」と呼ばれたアイルトン・セナさんが活躍していた頃の話です。

個人的にはイギリスのナイジェル・マンセル推しでしたが、F 1といって思い出すドライバーの一人がミハエル・シューマッハさんでした。

ドライバーとしてのその才能もさることながら、名前からして速そうです(笑)
当時はちょっと生意気な印象のあった選手ですが、そもそもそれくらいのきかん坊気質でなければ務まらない仕事です。

今でも、サーキットを駆け巡る耳がおかしくなりそうなあの爆音を、懐かしく思い出すのでした。。。

一年に一度くらいは何もしない日があってもいい。のんびり過ごす正月休みの「楽」

2021年1月2日(土)

ああ、今日は土曜日なのね。。。

カレンダーを見て、はじめて取り戻した曜日感覚でしたが、今日もまた家族全員ステイホームでまったりと寝正月でした。

正確に言えば、私は「Netflix正月」。
ソファーに横になり、ひたすら韓国ドラマなどを観て過ごすという極楽な一日でした。

家事のほとんどは、どういう風の吹き回しか、夫がやってくれました。
「お正月くらいゆっくりしてください」ということのようなので、お言葉に甘えてのんびりさせてもらいました。

その間、子供達も各々他のドラマを見たり、ネット配信を見たりしていましたが、夫だけは世界中に散らばる親類縁者、友人達相手に次々とSkypeサーフィンです。

思えば、親兄弟、友人とも遠く離れ、何年も会っていないので、それだけが楽しみなのだと思います。

どんな大声で騒ごうが、途中で「一言、挨拶お願い!」と、ドラマのハイライトシーンを中断されようが、なによりもだらしない姿を画面には晒されようが、こんな時は我慢です。
にこやかに「happy new year !!」とご挨拶。

なんともゆったりとした、気楽なお正月です。





一年に一度くらいはこんな日があってもいいわよね。

そう思い、メインブログはお休みです。
本当なら全部のブログを正月休みにしたいところですが、この日記ブログだけは毎日更新しようと思って始めたものなので、たとえ一言でも、何かしら買いておこうと思いました。

今夜はこれからまたドラマの続きを観ます。朝までだって観ていられますが、娘の予備校がまた明日の朝から始まるので、早めに寝ようと思います。

ところで、東京都は再び緊急事態宣言の要請に動いたようですが、どうなるのでしょうか。。。

私自身は仕事もしておらず、小さな子供もいないので、直接自分の生活に影響を及ぼすことはないでしょうが、夫の仕事や今年大学受験を控える娘のことなどを考えると、どうなるのか少し心配になります。。。

新年早々全く先の予測もつかない状況ですが、「なるようにしかならない」と、今日のところはのんびり時間を楽しみます。





ちなみに今日は、『二十歳の原点』の著者であり、普通の大学生であった高野悦子さんの生まれた日です。

この本は著者が二十歳で自死した数年のち、1971年に書籍化され、ベストセラーとなった本ですが、今でも時代を越え、多くの人に読み継がれてきています。

私がこの本を初めて手に取ったのは、10代の終わりでした。
時代が違うとはいえ、自分とたいして歳の違わない普通の女の子が、これほどまでに真剣に自分の人生を考え、現実を見つめて生きていることに軽い衝撃を覚えたものです。

遊び回ることに退屈を感じはじめ、「一体私は何がしたいのだろうか?」そんな迷いを感じていた頃でもあったので、余計にショックだったのかもしれません。

今でも10年に一度くらいですが、この本を読み返すことがあります。そこには時代背景を超越した若者の感性がそこかしこに散りばめられていて、読むたびに心にズシリと重しを乗せられたような気持ちになります。

ちょっと行き先がわからなくなった時、自分がどこにいるかわからなくなった時、そんな時にこの本を読むと、じっくりと自分の心と向き合うことを思い出させてくれるのです。

重たいけれども、なにか大切なことを心に残してくれる貴重な一冊であり、私にとってもっとも影響を受けた本の一冊でもあります。

2021年元旦。今年の抱負は「健康とお金の管理」。明るい未来を見つめ新しい年を迎えた「喜」

2021年1月1日(金) 元旦

あけましておめでとうございます。

元旦の東京はいつもよいお天気ですが、今年も例外なく穏やかな一日の始まりでした。

元旦くらいはゆっくり過ごそうと、いつもよりも少しだけ遅く起きて、お正月料理のお支度にとりかかりました。

主婦というのは、本当にいつ休めるのかしら?などと思ってしまいますが、美味しいものを食べるためなら元旦だろうが朝から動きます!

夫もすぐに起きてきて、あれやこれやとお手伝いをしてくれましたが、子供達は朝方まで起きていたらしくグッスリ眠っていました。

しかし、私がつまみ食いをしては「美味しいー‼︎」「これは、すごい‼︎」などと大騒ぎしていたので、じきに起きてきました。

みんな揃ったところで、「あけましておめでとう!」と食べ始め、そこからはステイホームのお正月らしく、食べて、ゴロゴロ、また食べてゴロゴロと、のんびり過ごしました。

例年であれば、街は閑散としていますが、今年は元旦でも人が多く出ていそうなので、外出はしませんでした。

初詣にも行かず、TVも見ず、ただ家族でくだらない話で大笑いしながら、胃袋をパンパンに膨らませて終わる元旦。

まさにコロナ禍にふさわしい一年の始まりです。





新年ということで、抱負のようなものを述べたいところですが、これといってありません。

願望は多々あれど、実現する自信のないことに関しては、口をつぐみます。

ただ、健康ではいたいので、食べ過ぎ注意と適度な運動くらいはしましょうか。

あとは今年、下の娘が高校を卒業するので、私の子育てもほぼ終了です。
2人とも大学生となれば、もう私と夫の出番はありません。学費を払うのみで、それ以外は自分でマネージしてもらいます。

若い頃のような自由を再び手にできると、この時をどれほど待ち望んできたでしょうか⁉︎

本当に頑張ったわ、わたし。
そして、夫も。。。

これからは自分の人生がメインです。
これまで温めてきた数々の計画を実行する時がきた!

と思いたいところですが、コロナという邪魔が入りましたね。
まだまだおさまる気配がなさそうなので、今年も昨年同様に「耐える」一年となりそうです。

コロナがめでたく終息し、晴れて好きに動けるようになる日まで、質素に暮らし、老後資金を少しでも増やしておこうと思います。

何をするにも先立つものがなければできません。
たいそうな事をするわけではありませんが、、旅をして、あちこちで美味しいものを楽しんだりするのだってお金はかかります。

残りの人生は頑張ってきた自分へのご褒美として、好きなことがしたいのです。
思う存分に楽しめるように、しっかりマネー管理もしておこうと思います。

きっと、そうこうするうちに、また国内外を自由に旅することができるようになるはずです。





健康とお金の管理。

もし抱負を述べるとしたら、この二つでしょうか。

どちらも今後迎える第二の人生にとっては大切なもの。なくてはならないものです。

夫にも、今年はその二つを念頭に頑張るよう伝えました。

夫は私と違って健康オタクで、日々のエクセサイズも欠かしませんし、食事も体調によってコントロールすることができる人です。

しかし、お金に関してはまるでザル。。。
なければないで大丈夫だけれど、あればあるだけ遣う。そんな人なので、こちらが目を光らせておく必要があります。

とはいえ、私も同じようなものなのですが。。。

しかし、今年からの私は違います。
もう若くはない事を十分に受け入れました。

つまり、暴飲暴食も散財も、どちらも若いからこそできる事なのです。

若ければ暴飲暴食に耐え得る胃袋があります。散財に関しても、若ければお金を作り出す体力気力は十分にあります。

しかし、若くない事を受け入れた私は、もう昔のような胃袋はありません。そして、お金を作り出す自信もありません。

そう気づいたとき、「これからは守りの人生だわ」と思ったのです。

新しいものを得るよりも、今あるものを守るという生活にシフトしていく年齢にきたのです。

健康もお金もうまくコントロールしていくことこそが、今後の人生を左右するともいえます。

能天気な外国人夫は、まだまだ自分が若いと勘違いしています。老眼ですら認めようとしないくらいに足掻いているので、守りの人生など受け入れられないようです。

しかし、側から見ていればよくわかります。夫も疲れやすくなりましたし、その考え方にも時代とのズレが見えます。
定年まではまだ10年以上ありますが、これ以上上に昇ることはないと、私は見ています。

だからこそ、守りの人生に向かうべきであり、それこそが安泰な老後への準備となるのです。

コロナの影響で世界の経済も大きく揺れ動いていくでしょう。
だからこそ、余計にこれまでのように能天気ではいられません。

少しでも未来が明るくなるよう、できることはしていこう!

そんな一年にしたいと考えています。

何はともあれ、晴々しい気持ちで迎えられた新年を嬉しく思う元旦なのでした。。。





ちなみに今日は、ロックバンド『HOUND DOG』のヴォーカル、大友康平さんの生まれた日です。

遡ること今から40年以上前、ティーンになった私は夜毎ラジオの深夜放送に夢中になっていました。

その一つが文化放送の「セイヤング」です。そこでパーソナリティーをしていたのが大友康平さんでした。

人気ロックバンドのヴォーカルとは思えないおちゃらけトークに、どれだけ腹を抱えて笑ったことでしょうか。

毎度その放送を録音し繰り返し聴いていたほどで、ときに投稿した葉書が読まれたりしたこともありました。

くだらない日常を書き綴った投稿を読んでもらい、それが電波に乗って全国へ飛んでいくと思うと、とっても興奮したものでした。

その感覚はブログにも相通じるものがあるように思います。

いま、こうして書いているようなことも、当時大友康平さんに宛てて書いていた投稿葉書とまったく同じです。

40年以上経っても同じような事をしているということですね。。。(笑)

2020年の大晦日。いつものように笑って過ごす幸せな年越しに、心から感謝できる「喜」

2020年12月31日(木)

晦日。今日で2020年も終わり。

コロナ!コロナ!であっという間に終わってしまったような一年でした。

今年やるべきことは、昨日までで「とりあえず」という程度に終わったので、今日はほとんどキッチンにこもって、のんびりとお正月に食べるお料理を作り置きしたり、下拵えしたりしていました。

今年は子供達もクリスマスに続き年末年始もステイホームということで、部屋の大掃除などをしていました。

遊びたい年頃なのに可哀想だなぁ。。。と思いながらも、大きくなっても一緒に過ごせるのが嬉しく、これもコロナのもたらした結果なのかと思うと、ちょっと複雑な気持ちにもなります。

しかし、今日の東京は過去最高の感染者数となり、いきなりの1337人という驚きの数字でした。
これを見れば、やっぱり家族でステイホームの年越しが一番です。

家族全員が揃っているからと言って、ずっと一緒にいなければいけない訳ではありません。

今日だって、私はキッチンにいて、子供達は自室のお掃除、夫はといえばお風呂を掃除していたかと思えば、ベランダに出たり、自室をひっくり返し始めたりと、相変わらず意味不明な行動をとっていましたが、夕方頃からはみんな一仕事終えたようで、自然とリビングに集まっています。





毎年楽しみにしている『笑ってはいけない』という番組にかじりつき、何時間でもバカ笑いしています。。。

こんな能天気でいいのか⁉︎

腹を抱えて大声で笑っている家族の姿を見て、心配になりながらも、なんと平和な光景なのだろうとも思います。

「笑う門には福来る」と言いますし、笑うことは免疫力アップにも効果があると言われているので、コロナ感染防止対策としてはいいのかもしれません。

いつもと変わらない年末。。。

そんな家族の傍らで、私一人はクッキーや甘栗などを摘みながら、ギリギリまで美味しいもの欲にしがみつきます。
そして、年が明ける15分前になると『ゆく年くる年』を観るのです。

あの厳かな雰囲気、落ち着いた語り口、そして全国各地の年越しの様子などを見るのがとても好きです。

テレビから流れてくる除夜の鐘、そして近くのお寺からもボーンボーンという厳かな鐘の音が響きます。

それを聴きながら、

「これしきのことで私の煩悩が消えるわけでなし。
もしそうであるなら、私はもっと痩せているはずじゃないのよ!」

そう、今年最後の悪態をつくのです。

そして、いよいよ年が明けようとカウントダウンに入ると、「みんなー!そろそろよー!」と招集をかけ、口の中いっぱいにお菓子という名の煩悩を頬張ったまま、新しい年を迎えるのです。

きっと今年も同じでしょう。





この一年、いろいろなことがありましたが、毎年繰り返されるこの変わらない大晦日に、そして家族で笑って過ごせることへの感謝を改めて思います。

特別なことなど何もない、ただ平凡な一年の終わりですが、それこそが幸せなのです。

求めすぎず、いまある幸せに感謝しながら、また明日から楽しく頑張っていこうと思うのでした。。。


最後に今年の総評です。
9月の途中から始まったブログなので、わずか数ヶ月ですが、、、

喜 28件
怒 6件
哀 36件
楽 41件

こんな結果となりました。

ちょっと「哀」も多かったけれど、「怒」が少なかったのが嬉しいです。
来年は「喜」と「楽」に満ちた一年となるように心して新しい年をお迎えしたいと思います。

このブログをいつも読んで下っている方々をはじめ、一度でも訪問してくれた皆さん、今年もありがとうございました。

プライベートなつぶやき多き日記ですが、来年もよろしくお願い致します。

では、大晦日といえど、例外なしということで、いつものお誕生日トピックです。





ちなみに今日は、脚本家である倉本聰さんの生まれた日です。

数えきれないほどのドラマを世に送り出してきた倉本聰さんですが、やっぱり我々の年代にとっては、『前略おふくろ様』や『北の国から』『昨日、悲別で』などが印象深く心に残っています。

個人的には2005年の『優しい時間』が好きです。富良野へ旅した際、たまたま富良野プリンスに宿泊したので、舞台となった喫茶店にも行ってみたり、ちょっとした思い出もあります。

なにより、あのドラマの雰囲気とそこに流れる音楽がたまりません。
平原綾香さんの歌う『明日』という曲は、まさにこの舞台にぴったりとハマります。

風のガーデン』というドラマでも平原綾香さんの『ノクターン』が使われていました。

倉本聰さんの脚本は、映像や音楽まで想定して書かれるといいますが、それも激しく納得です。

ドラマと主題歌、挿入歌との関係は、その世界観に影響するものだと、つくづく感じます。

最近は、老人ホームを舞台にした『やすらぎの郷』など、ちょっと年配者向けの面白いドラマも手がけています。
もう少し歳をとったら楽しめるかなと、先のお楽しみとしてとっておこうと思います。

では、皆さん、よいお年をお迎えください。。。