365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

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騒音と奪われるであろう小籠包の未来に「哀」

2020年10月4日(日)

今日は日曜日だというのに、朝早くから街宣車が何やら叫びながら近所を巡回し、騒音を撒き散らしていました。
コロナ禍でしばらく静かだったのに、また戻ってきたようです。

いつもながら、怒鳴っているだけで、マイクは音割れし、なにを叫んでいるのかわかりません。。。

私にとっては、騒音よりも内容が聞き取れないことに苛立ちを覚えます。
日曜日の朝からうるさくするのなら、せめて「なるほど。。。」と、騒音を忘れるくらいにガツンと心に訴えかける言葉が欲しいものです。


さて、これが落ち着くと、午後は羽田へ向かう飛行機がひっきりなしに上空を飛んでいきます。

これは羽田飛行ルートの変更によるもので、新ルートとなった現在では午後3時を過ぎると、都心の上空をバンバン飛行機が通過していくので、気になって仕方がありません。

これがまたかなりの低空飛行で、飛行機のお腹が肉眼でも見えるくらいです。

当然のことながら、ものすごい轟音がします。その上安全性やそれに伴う不安、また地価の下落などを危惧し反対運動が起こっています。


街宣車と飛行機によってもたらされる騒音で、今日も静かな週末とはいい難き一日でした。。。

家にいてもうるさいので、ランチは外にしようと、夫と二人で中華料理を食べに行ったのですが、夫が私の小籠包を断りもなしに奪ったのです。

「親しき仲にも礼儀あり」そんな言葉も知らなかったのか⁉︎

私の言葉を重く受け止める気もなく、平気な顔で小籠包からしたたる肉汁を啜る夫にさらに怒りは膨らみます。

しかし、私が礼儀に対して怒りを訴えていることが、夫には通じません。夫にとっては、たかが小籠包一つの問題としてしか理解されないのです。

まったく!騒音はうるさいし、小籠包は奪われるし、たかが小籠包を食べられてしまったくらいで不機嫌になっていると思われるのも心外だし!

そんなスッキリしない気持ちのまま、早々に帰宅したのですが、ふとこんな生活を、私は一体いつまで続けるだろう?と思いました。





小籠包事件のようなことは、日常生活においては時々勃発しますが、総じて今の生活に不満はなく、結構楽しく過ごしてはいます。

しかし、ひょっとしてまた別の、もっとベターな暮らしがあるでは?とも思えてきたのです。

それというのも、今朝、アメリカにいる義兄(夫の実兄)とSkypeで話をしたときに、ふと同じような思いが頭をよぎったからです。

特別深刻な話などしていません。ただ、「今何してるの?」「最近、どう?」そんな他愛のない話だったのですが、話をしながら義兄は広い庭に植えた野菜やフルーツを採ったり、テラスの椅子にもたれてお茶を飲んだりと、リラックスした様子を見せつけてきます。

こんな様子を見ていると、あまりにも生活スタイルが違うなと感じたと同時に、そこで過ごしたいくつもの夏を思い出したのです。

子供達が小学生くらいまでは、よく夏休みに長期でアメリカに滞在していました。

そこはニューヨークやロスのような都会ではなく、自然の豊かなリベラルな雰囲気のステートでした。
街には小さな百貨店が一軒しかありませんでしたし、ファンシーなレストランなども多くありません。和菓子屋さんもなければ、美味しいフランス菓子の店もありません。つまり、私の好きなものが一つもないといってもいいような街だったのです。

しかし、そこでの生活で退屈を感じたことはなく、何にもない生活がむしろ心安らかであると感じていました。


アメリカ英語にはなかなか馴染めませんでしたが、日常会話程度の英語力があれば暮らすには不自由はありません。
食べるものも地産地消がメイン、オーガニックだらけで、その辺特にこだわりのない人間でも、なんだか健康な食生活が送れるかもといった期待を持ってしまったり。。。

一方でそこはやっぱりアメリカです。ジャンクもしっかり網羅され、特別ストイックにならずに済むという気楽さがあり、そこもまた気に入ったところです。

その街や人、食など、ライフスタイルが気に入って、本気で移住しようかと、物件探しをした年もあったほどで、その夏の日々を思い出すと、今の生活は果たしてベストなものか?と、そんなことを考えたのでした。。。

東京で生まれ育ったため、それまでは何にもない街では暮らせないと思っていました。実際にアメリカではなく別の国の田舎町で暮らした時は、あまりに暇すぎて、やっぱり無理。。。という経験もあったので余計にそう思っていました。

しかし、不思議とアメリカのその街では、とても穏やかに過ごすことができたのです。





この歳になると、さすがに楽天家の私でも、少しは老後の生活について考えることがあります。
私以上に脳天気な夫が相手なので、なかなか具体的なプランは出ませんが、選択肢の一つとして再び海外で暮らすというものもあります。

私は基本的にどこでも暮らせる気満々ですが、夫は私には無理だろうと言います。

確かに暮らす気はあっても、具体的にどこ?となると、思い浮かびません。
美味しいものがあって、総合病院があって、車なしで生活できるところ。

美味しいものはともかくとして、過去に大病を経験した身としては、施設の整った病院は不可欠です。
車も運転することは出来ますが、子供達から同乗拒否されるくらい下手なドライバーなので、できれば車の運転は避けたい。

こうなると、田舎暮らしは厳しいということになり、件のアメリカの街も無理ということになります。

色々と考えてみれば、結局はこの騒音にまみれた東京が自分の終の住処になるのだと漠然と悟り、ちょっと哀しくなりました。

それは、この場所や生活が嫌ということではなく、変化のない同じような日々を、この先何十年と過ごしていくという未来しか、思い描けないことに対する哀しみです。

もう一花パッと咲かせてやろうか?

そんな風には微塵も思いません。。。

何も起こらないこと、平凡であることは、私にとって悪いことではなく、むしろ幸せなことです。

ただ、騒音がうるさいとか、無神経な夫に小籠包を取られただとか、そんなロマンの欠片もない生活ではなく、もう少し心穏やかに過ごせる日々が、これから行く未来にあればと望んでいるだけなのです。。。





ちなみに、今日はミュージシャンであり、芥川賞作家でもある辻仁成さんの生まれた日です。

私にとって辻さんは作家の先生というより先に、『ECHOES (エコーズ)』のヴォーカルといった印象の強い方です。

ロックバンドのヴォーカリストが、突如『すばる文学賞』を受賞し、あれよあれよという間に作家先生となり、バンドが解散した後には芥川賞作家に登り詰めるという快進撃。おまけに二人もの美人女優と結婚、離婚を繰り返し、パリに移住したりと、思い切りセンセーショナルかつ多才な姿を見せつけられてきました。

現在ではパリでシングルファーザーとして、愛息と共に暮らしながら、変わらず文筆活動をする傍ら、バラエティ番組でお料理の腕まで披露してしまったりと、相変わらずの多才っぷり。

ビジュアルの線の細さからは想像もできないくらいに、ものすごいバイタリティのあるおじさんです。

辻さんの小説は全てと言わないまでも、過去にかなり読みましたが、とても心に響く作品が多く、これはミュージシャンではなく、やはり作家が正解でしょ!と思ったものです。

デビュー作の『ピアニシモ』や江國香織さんとの共著である『冷静と情熱の間』、『二十八光年の希望』は、今でも断捨離されることなく私の本棚に並んでいます。

還暦は過ぎましたが、まだまだ若い辻仁成さん。これからも心が揺さぶられるような素敵な物語をたくさん世に送り出して欲しいと願っております。