365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

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心が折れそうな憂鬱な日でも、ブログを書くことで救われる「楽」

2020年12月5日(土)

今日の東京は朝から雨が降り出し、とても寒い一日でした。

そんな中、母親を病院へ連れて行ったりと、週末の朝からバタバタと動き回っていました。

高校生の娘も今日から試験です。おまけに大学受験を控え、やれ予備校の定期が切れそうだとか、冬季講習のプログラムの確認、加えて夫に頼まれた細々とした雑用など、頭の中がごちゃごちゃで疲れました。

グッタリとしながら晩ごはんの支度をしていると、能天気夫が時折声をかけてきます。

週末で仕事もお休みなので、Netflixにかじりついている夫ですが、多少の罪悪感があるのか、時折「大丈夫ですか?」とわざわざ声をかけにくるのです。

もうそれさえも煩わしく感じる私は、
「お願いだから用事がないなら放っておいて!」と、答えます。

すると、、、

「今夜はどこか都内のいいホテルでゆっくりしてくれば?スパとかでリラックスしてきたらいいんじゃない?」

などと、なんとも非現実的な提案をしてくるのです。

普通の時であれば喜んで行かせて頂きますが、母親の面倒を見なければいけない今、当然のことながら家を空けることなどできるわけがありません。





我が家の家族とは同じものが食べられない母親の食事は誰が用意するのか?

何かあった時、誰が病院へ連れていき、状況を説明するのか?

いくつもある薬を飲ませる時間や順番は誰が把握しているのか?

漢字も読めない外国人の夫には当然無理。かといって、子供達に老人介護の真似事はさせたくありません。

もう、誰がどう考えても、ホテルでスパなど不可能なのです。

それなのに、いまこのような時に限ってそんなオファーをするのは、いつものデモンストレーションです。

何もしない夫は、それを自覚しています。
そんな中、唯一「優しい夫」をアピールすることで、自分自身や家族を納得させようということなのでしょう。

これはいつものことなので、よくわかります。

口では耳障りのいいことを色々言うけれど、実際は何もせずに、ただ周りになんの根拠もない好印象だけを与えるという、訳の分からない技です。

そんなことに腹を立てる余裕ももはやなく、ただただ私のことはそっとしておいて、、、と思うのです。

考えることをせず、やらなければならないことを、ただ機械のように黙々とこなすことが、今は自分の心を守るために必要なことだからです。





でも。。。

ブログがあって本当によかったです。

以前もどこかで、「書くことは癒しになる」と書いたことがありますが、本当にその通りで、たとえ愚痴と言われるようなネガティブなことでも、そこで吐き出すことでスッキリします。

人間は強くいられる時ばかりではありません。

私は周りからとても強い人だと言われてきましたが、いつも強いわけではありません。
強くあろうとしてきました。それでも、心が折れることもあるのです。

ヘナヘナと倒れてしまいたくなることだってあります。

それでも、こうしてブログなどをつらつらと書いていると、なんとか倒れずに「もう少し頑張れそうだわ」と気持ちが楽になってくるのです。

明日は日曜日。また今日と同じような憂鬱な一日となりそうですが、この憂鬱にもそのうち慣れることと思います。。。





ちなみに今日は、世界的ピアニストのフジコ・ヘミングさんの生まれた日です。

私のようにクラシック音楽には無知な人でも、一度はその名前と彼女の弾く『カンパネラ』を聴いたことがあるのではないでしょうか。

フジコさんの凄さは、そんなクラシックど素人の心にまで響くピアノ演奏を聴かせてくれるところだと思っています。

技術がどうのと、そのような玄人意見を通り越し、人間として生きることの悲哀を音によって響かせるという素晴らしい技術があるのです。

彼女自身、決して恵まれた音楽家生活を送ってきたわけではなく、そこには多くの悲しみや苦労がありました。

そんな彼女の人生がそのまま指先から鍵盤を通り、私たちの心に悲しみともとれる切なさを伝えてくるのです。

悲しいのだけれど、なぜか癒される。。。

今日のような日こそ、彼女のピアノを聴くべきなのでしょう。。。