365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

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子供の自立は寂しくもあれど、親も子もそれぞれが自分の人生を生きる「楽」

2021年6月7日(月)

今日は暑い一日でした。
風通しのよいリビングなどでじっとしていれば、まだエアコンなしでも凌げる程度でしたが、キッチンで火を使うともうダメです。

この湿気の多い、蒸し蒸しとした暑さ、本当に苦手なのですが、このおかげで肌も乾燥しないのかなと、ポジティブに考えるようにしています!

さて、待ちに待った月曜日。
一人でゆっくり過ごせる月曜日です。
週末はちょっと不調でしたが、今日はすっかり元気になりました。

朝から海外にいる長女とSkypeをして、元気な顔を見られたせいです。
5月の終わり頃に彼女が家を出てから、こちらからは連絡をしないようにしていました。

せっかく自立していく子供に、あれやこれやお節介をしたくもありませんし、家族のことなど忘れて、思い切り一人を楽しみ、自分の足で歩いていく力をつけてもらおう!と思っていたためです。

しかし、夫はちょこちょこ連絡していたようです。

「日本人の母親は子離れができないらしいね。欧米では考えられないよ!」

などと、散々言っていた夫ですが、蓋を開けてみれば、夫の方が子離れしていないようです。

相変わらず、言っていることと、やっていることが違っていて笑えます。





正直言えば、私も長女の不在をとても寂しく思っています。

22年間、片時も離れず側にいた長女の存在は、思った以上に大きく、家庭内でもちょっとした変化を感じます。

トンチンカンなことをしては、周りを巻き込んでいく夫、我が儘を個人主義という名に変えて、ひたすら我道を行く次女。
猪突猛進、すぐに周りが見えなくなり、感情赴くままに行動する私。。。

そんな中、長女だけはいつも冷静でニュートラルでした。

個性が強過ぎて、お互いにぶつかり合う家族の間に入り、仲裁したり、諭したり。
決して人を責めず、優しさで包み込むようなおおらかな性格に触れると、自然と気持ちが和みます。

いわば、長女は我が家の空気清浄機のような存在でした。

そんな空気清浄機がいなくなれば、当然のことながら家庭内の空気は汚染されていきます。

別に四六時中喧嘩などしているわけではありませんが、ひとたびバトルが始まれば、家の中の空気がどんどん濃く重たくなっていき、それが数日間続くのです。

歳のせいか頑固になり、欧米的考えにより固執するようになった夫、逆に私はより日本人であろうとします。
お互いに譲らないので、ぶつかり合うことも多いのです。

そこに次女の勝手気ままな言動が加わると、もう家の中はカオスです。。。





この状況にも、いずれは慣れるだろう。
慣れなければいけないし、数年後に次女が自立したなら、またこの家族の形も変わるだろう。

そう思っていますが、ふとした時に長女がいてくれたら。。。と、思ってしまいます。

疲れた時や、心ふさぐことがあっても、長女と話していると、自然と心が解けていくようで、元気になれます。

しかし、自分の娘とは言え、子供には子供の人生があります。

親のことなど気にせずに、自分の人生を楽しく生きて欲しい。
心底そう思っています。

新しい環境に身を置き、大変なこと、辛いことなどを語りながらも、新しい生活を楽しんでいるのが、その表情に現れていました。

私が初めて一人で海外暮らしを始めたのも、ちょうど娘と同じくらいの年頃でした。

自分でも大丈夫だったのだから、私よりもずっと賢くて思慮深い長女なら、なんの心配もいりません。
それに、今はネットもあり、当時とは比べものにならないくらい、海外の暮らしもハードルが低くなっているでしょう。

ひとまず元気な様子を見て安心したので、

「連絡なんてしたい時だけでいいから、こちらのことは気にせずに楽しんで!」

最後にそう言いましたが、果たして夫はどうか。。。

長女が父の日に合わせて、プレゼントを送ったと言っていたので、それを見てまた娘恋しさに、ちょこちょこ連絡するのでないかと、ちょっと心配です(笑)

私も子供達が安心して自分の人生を楽しめるように、自分自身の人生を充実してさせていこうと思いました。

空の巣症候群などとは無縁に、第二の人生を楽しみます。





ちなみに今日は、作家のブレイディみかこさんの生まれた日です。

実を言えば、この方の著書は読んだことがないのですが、色々なメディアで何度かその名前や簡単なプロフィールを聞いたことがありました。

1990年代に英国へ渡り、ビザが切れると帰国し、お金を作ってはまた渡英するという生活をしていたそうですが、当時、そんな日本人が英国には多くいました。私もその一人でした。

30年近く前、海外へ出ていく女性は、まだ今ほど多くない時代でした。
そこにはブレイディさんのように、イギリスの音楽やファッションが好きで、ただ「好き」なものがあるところで暮らしたい!そんな動機で海を渡った人もいました。
私も同じようなものだったので、周りにはそんな人ばかりでした。

そんな呑気な生き方が許される時代だったのだと思います。

保育問題、人種問題などに焦点をあてた著書を多く出版している方ですが、物書きとなったのは50を過ぎてからだそうです。

ブレイディさんの著書は読んだことがないので、なんとも言えませんが、その本を手に取ることをしないのは、同じ年代の日本人として、同じ時代に英国で暮らしていた人間として、わかることが多いからこそなのかなとも思います。

相変わらず天邪鬼の私は、共感や想い出よりも、いまだ未知なる世界に魅力を感じるのです。。。