365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

Sponsored Link

栗の皮剥きによってもたらされる癒しの「喜」

今日は月曜日。。。週の始まりですがお天気のせいか頭が重く、動くのが億劫になるような朝でした。

ちょっと予定を変更して、少し静かに過ごしてみようと、朝から栗の皮剥きをしました。

昨日、スーパーに並んでいた栗を見て、夫が「今年はまだ栗の入ったご飯を食べていないなぁ」と言っていたので、早速栗おこわを作ってあげようと思ったのです。

いまはあらかじめ皮の剥いてある栗もありますが、結果を求めずにそのプロセスに意味を持たせることも時に必要だと感じることがあります。

私の場合、栗の皮剥きもその一つです。

栗の鬼皮は頑固で、さらにはその下の渋皮も一筋縄ではいきません。
これはなかなか骨の折れる作業ですが、私はこのような作業がわりと好きなのです。

それは、無心になれるから。

そんな時間の中で、さまざま物事で埋め尽くされ、混沌とした頭の中がきれいに浄化されると感じられるからです。

単純だけれど大変な作業というのは、なぜか無心になれるものです。

若い頃、ちょっとしたきっかけで、座禅のようなことをする機会がありました。

昨今人気のマインドフルネスや瞑想とはちょっと違ったものです。

とにかく、ただ心を「無」にして座っておれ。とそんなことだったと記憶していますが、これがなかなか難しく、朝食はなにを食べようか、新作のコスメを早く買わなきゃなど、次々と邪念が降りかかってきて、「無」どころか、いつも以上に心が満タンになって困ったものでした。

自分がまるで煩悩で形作られた人間なのではないかと、真剣に僧侶に相談を持ちかけたくらいでした(笑)

それ以来、一切そのような世界には足を踏み入れてはいません。





いま海外のビジネスパーソンの間でも、日本のそんな文化に着目している人が多くいるらしく「瞑想」が人気だそうです。

我が家の夫も友人などと体験してきましたが、それが心を整えることに有効であると、その効果のほどを物凄い熱をこめて語っていたことがありました。

「いつもバタバタ忙しくしているあなたにこそ、必要なことだ!」

そう力説されましたが、私はお断りしました。

「私が目を閉じるのは寝る時と死ぬ時。それ以外は決して目は閉じません!」

私は過去に大病を経験し、何度か手術をしました。その際に、背中から麻酔薬を注入され、視界にはっきりと映っていた無影灯がゆらゆら揺れて、そのまま消えてしまった瞬間を今でも思い出します。

それはまるで無理やり闇の中に引き摺り込まれたような感覚でした。

以来、目を閉じて心を無にするなどということはしたくないと思うようになりました。


人間にとって、心を休め、整える時間は必要であると思っています。

しかし、それは目を閉じていなくてもできることです。

私の場合、それが栗の皮剥きや、セーターの毛玉取りをするといった単純作業なのです。

一心不乱に一つの栗や毛玉に向かって、手を動かしていると、とても心が落ち着いてきます。

その作業の過程で、私は心の中に溜まった澱を捨て、心を身軽にするのです。
余計なものが一切取り払われれば、自然とそこにあるもの一つ一つがよく見えるようになるものです。

これぞ、心の断捨離、整理整頓です。





人の生き方に正しい答えなどありません。

人は皆、違う資質、性格を持って生まれ、違った環境で異なった経験をして生きているのですから、その答えもまた千差万別と言えましょう。

こんな風に生きていけば幸せになれる。

これをすれば癒しが得られる。

そんな答えなどどこにもありません。

だから、私は栗の皮剥きでいいのです。
自分の求めるものが、そにあるのですから。。。


心を慰めるものは一つではありません。自分なりの方法というものが誰にでもあるものなのです。

私が栗の皮を剥いていると落ち着く。
そんな話をすると、友人達は笑います。

笑った当人はといえば、玉ねぎを飴色になるまで炒めていると癒されるなどと言います。

また別の人は、猫の肉球をいじっていると癒されるという人もいます。

まさに千差万別。

他人から見れば馬鹿げたことでも、その人の心にだけ作用するものがあるのです。


私は幸いでした。。。

美味しい栗おこわを作ったり、家族に毛玉のない服を着せるという目的を果たす過程で、自身が癒しを得られるのですから。


10月に入ってから、色々とやらねばならないことも増えてきました。私にとって一年のうちでおそらく10月から年末までが一番忙しい時期です。

この時期に栗の皮を剥くのは、そんな忙しない毎日を正し、整理するのに最適です。

ああ、だから毎年剥いているのか。。。

納得です。

無意識ながら、美味しい栗おこわを作りながら、さらには心を整えられるとは、なんとも嬉しいことです。





ちなみに今日は、芥川賞作家である羽田圭介さんの生まれた日です。

17歳で文藝賞を受賞したことで、当時は最年少受賞者として話題になったのを覚えています。

その後、芥川賞作家となった羽田圭介さんですが、私は作家の先生というより、バスに乗る人という印象が強いのです。

きちんと観たことはないのですが、つけっぱなしのテレビから流れていたバス旅番組で何度かお見かけしたことがあったので。。。

俳優さん達と共に、一日数本しか運行していないバスを乗り継いで、目的地を目指すという番組なのですが、その中の羽田圭介さんはちっとも作家らしくなく、文藝賞を最年少で受賞した早熟さの微塵も感じさせません。

昨年にはYouTubeチャンネルを開設したといいます。作家も読ませるにとどまらず、聴かせる観せる時代になったのだなと思ったものですが、それも納得です。
今の若い人にはたくさんの娯楽があります。
わざわざ本を読まなくても、エンタメは選り取り見取り。

そんな時代の流れで、昔に比べると本を読む読む人が少なくっているといいます。
そうしたことを踏まえると、羽田圭介さんのYouTube参戦は新しい読者を取り込む試みとしてはいいのではないかと思います。

これからの時代は、おかしなこだわりや既成概念など持たず動ける人が勝つのかもしれない。。。そんなことを思ったのでした。

主婦がひとり静かな時間を得るための代償に「怒」

日曜日だというのに、今日は騒がしい一日でした。

私は週末でも変わらず早くから起きているのですが、それはなぜかと言えば、静かな時間が欲しいからです。

朝4時に起きれば、家族が起きてくるまでの3時間は自分だけのものになります。

自分だけの静かな時間を確保するため、たとえ週末であろうと旅先であろうと、いつも早く起きることにしているのです。

家族持ちにとって、ひとりになることは、とても貴重なこと。無理やりにでも作り出さないことには得られない時間なのです。

今朝もいつものように起床したのですが、その後を追うように珍しく夫が起きてきました。

いつもであれば、時が止まったように静まり返っているはずの時間が、途端に大量の空き缶でも投げ込まれたような騒音に満ちていきました。

静けさを一瞬で闇に葬るわけのわからない音楽が鳴り始めたと同時に、、、

無意味に歩き回る足音。。。

宝くじにでも当たったかと思うほど、ご機嫌に響く下手な口笛。。。

冷蔵庫のドアを繰り返し開け閉めするバタンバタンという音。。。

修理待ちの電化製品を無理やり弄り回した挙句、鳴り響く警告音。。。

あれはどこにある?
朝ごはんはなにを食べる?
今日はどこかへ出かける?
旅行の件はどうなった?

騒音と共に、容赦なく投げかけられてくる言葉の数々。

まるで綺麗に洗った洗濯物を、洗ったそばから泥だらけにされたような、なんとも腹立たしい気持ちになりました。

早朝からそんな夫の奇襲攻撃から始まった一日でした。





思えばコロナ以前は、この夫も趣味に社交にと、週末でも家に居ることがないというくらいアクティブに動いていたものです。
そのせいか、私も好きに過ごすことが当たり前となっていましたが、コロナ禍での外出自粛以来、夫はそれまでのように出かけることがなくなりました。

しかし元来の回遊魚体質は、そう簡単に夫を留め置くことは許さないようです。
家で過ごす時間が積み重なるにつれ、まるで小さな細い針でお尻をツンツンと突かれるように、ソワソワとしだしたのです。

もともと、いつも何かをしていたい人なのです。
普段から友人、知人、同僚、部下、身近にいるあらゆる人とワイワイ騒ぐのが好きな夫は、一人でいることを好まないのです。

群れで行動する習性のある動物は、ひとりでいることが不安なのかもしれません。

そのため、アフターコロナとなってからは、家族をその群の一員にしようと考えたのでしょう。

しかし、子供たちは親の自己満足のために自分の時間を犠牲になどしません。
父親と遊んでいる暇があるのなら、受験勉強やバイトをしていた方が自分のためになると考えるのは私も納得できます。

そうなると、残るターゲットは私だけです。
しかし、常に一匹で行動する動物が、突然群の中に放り込まれたら、どうでしょうか。。。

それは想像を絶する苦痛となり得るのです。

しかし、私は野生動物ではないので、少しは譲歩することも知っています。
そして、夫に対する感謝もあるので、なるべく快く過ごせるようにと、多少の我慢や気遣いも致し方なしと思っています。





夫は今朝も早くから、

「なにか買い物はないのか?」

「旅行代理店は行かなくていいのか?」

そう、なにかしら出かけるきっかけが欲しくて騒いでいました。

どこだろうが勝手に行ってくださいませ。

そんな心境でしたが、群で行動する動物にとっては、あまり喜ばしいことではないようです。

あーでもない、こーでもないと、あまりにうるさくて仕方がないので、一緒に出かけることにしました。

年末年始に旅行がしたいとずっと騒いでいたので、旅行代理店へ連れて行きましたが、いまはコロナ対策で完全予約制になっておりアウト!

このまま帰宅しては不完全燃焼でまたうるさくなりそうなので、スーパーへ行きました。

そのスーパーは一般的な店と比較すると20%以上は割高と思われるセレブなスーパーなので、私は普段ならその店でしか扱いのないものを買う時以外は行きません。

特に買わなければならないものもありませんでしたし、したくもない散財は避けたいところですが、夫にうるさくされるよりはましです。

そのスーパーには輸入食材なども割と豊富に揃っているので、ここで好きなものでも買い物させれば、少しは出かけた気にもなるだろうという、スーパーをエンタメにするという、わけのわからない策。。。

しかし、普段あまりスーパーに足を運ばない夫にとっては楽しかったのでしょう。
幼少の頃に食べていたお菓子、チーズやコールドミート、ディップなど、馬鹿らしくなるほどの関税がかかった商品を嬉々としてカゴに放り込んでいきます。

外国人が他国で暮らすと、食費が馬鹿にならないので、なるべくそんな機会は与えないようにしていますが、今日はそんなことは言っていられません。。。

カゴのスペースが埋まっていくのと比例して、お会計がどんどん重くなっていきます。
普段、買い物をしている主婦にはわかるのです。。。

聖徳太子が去るのは覚悟しなければならないだろう。。。

しかし、せめてお釣りが欲しい。。。

1万円を超えさせてはならない!

たかがスーパーでのエンタメに、そこまでの貴重な家計費を投入することはできない。。。

「いい加減にしたら?」

私の氷のごとき冷たい視線と、低い声に我に返ったのか、

「そろそろ帰って、これをつまみに家で飲むかな」

そう言って、ようやく少しばかりの静けさを取り戻したのでした。

いつもスーパーでする3倍以上のお支払いを済ませ、羽のように軽い足取りの夫を横目に、私は足を引きずるようにして家に帰ったのでした。。。





好きなお酒と調達してきたつまみをテーブルにずらりと並べ、ひとりで家飲みをする夫。

とても静かです。。。

先だって老後のための貯蓄を固く誓った私ですが、家で一日中騒音を撒き散らされるくらいなら、浪費してでも静かにしてもらったほうがマシです。

いまは週末だけなのでいいですが、これがリタイア後となると、どうなるのでしょうか。。。

このような騒々しい毎日を過ごさねばならない未来を想像すると、たまらなくなります。

そもそも、なぜ静かにしていられない⁉︎
小さな子供の方がまだ聞き分けがある!

子供よりも始末に負えない大人に、怒りすら覚えます。

ついでに、環境が変わるきっかけとなったコロナも。。。

自分にはさほど大きな影響はないと思っていましたが、やはりコロナは私の身にも暗く大きな影を落としていたのです。。。

ただ静かな時間が欲しいだけなのに、そのために散財という大きな代償を支払わなければならないのはなんとも理不尽です。

しかも、一度は静かになったと思ったのに、その効力は半日ももたずに消えるのです。

これを書いている今、リビングでは大音量で夫が洋画を観ています。

「もっとボリューム落として!

うるさくて頭がおかしくなる!」

とうとう怒り爆発です。。。

私の静寂を奪い去る全てに、「いい加減してよ!」と怒りの声をあげたい一日なのでした。





ちなみに今日は、アメリカの俳優であるザック・エフロンさんの生まれた日です。

最近はあまりパッとしませんが、ザックといえばかつてはティーンに大人気の俳優さんでした。

ダークなヘアーに薄い瞳の色、、、
初めて見た時はなんと美しい男の子だろうと思ったものです。

特に『ヘアースプレー』というミュージカルコメディ映画は大好きで、子供達と「ザックの王子様感がすごい!」と絶賛しながら、何度も何度も繰り返し観たものです。

十代から二十代の最初にかけて、輝くばかりに美しかったザックも、歳を追うごとにかつての輝きを失ってしまいました。

私生活では治療を要するような問題を抱えていたという話もあります。
生活の乱れは、その姿に反映されるもの。その通り、30歳を過ぎたザックは昔の面影は消え失せ、なんとも残念な姿になっていました。。。

しかし、男性の場合は歳をとっても十分に素敵になれます。まだ33歳という若さのザックなので、若い頃とは違った美しい姿を再び見せて欲しいと願っています。

3つのブログ運営で、30年継続を目指す「楽」

2020年10月17日(土)

今日の東京は朝から雨。
10月なのに床暖をつけるほど寒い一日でした。

買い物に行こうと思っていましたが、ぬくぬくと暖かい部屋の中にいたら、面倒になり、お出かけは諦めて家で過ごすことに。

こんな天気にもかかわらず、家族はそれぞれ予定があり出かけたので、週末には珍しく一人静かに過ごすことができ、思わぬご褒美デーとなりました。

とはいえ、特別なことはなにもありません。
たまたま欲しかったお菓子の予約開始日だったので、ネットのお菓子争奪戦に参加し、あとは特にやらなければいけないこともなかったので、ブログの整理をすることにしました。


2017年に始めたメインブログは、長くやっている分、下書きにいくつもアップされていない記事が溜まっていたり、書きかけのものがあったりと、まさにカオス状態で兼ねてから気になっていたのです。

整理をするために、さらにカテゴリー分けする必要を感じてサブブログを作ったものの(このブログではありません)、十分に活用しているとはいえず、なにやら中途半端なまま。。。

作ったからにはしっかり機能させたい。そのためにはまずメインブログの整理からというわけです。


まずは、書いたものの、あまりにタイムリーではないもの、読み返して気に入らない記事をすべて削除。

次にメインブログのテーマである「お菓子」にまったく関連性のないものは、サブブログに移動。

そんな感じで、2つのブログを行ったり来たりしていました。





当初は複数のブログを持つなどとは考えもしませんでした。
しかし、ブログの楽しさを知ってしまうと、もっと!もっと!と、その楽しさを追求したくなります。

不思議なもので、書いているうちに、あれもこれもと書きたいことだらけで、一つのトピックに収めようとすると、まるで関連性のない事柄が、どんどん積み上がって、歪な層が出来上がってしまうのです。

これがミルクレープのように美しかったり、ハイブリッドと呼ばれるようなものに変化するのならいいですが、どうもそう上手くはいきません。

そんな歪な層を分断し、きちっと整理して一つのトピックとして自立させる。
そんな作業をしていました。


ただ楽しく書ければいいと思っていたブログですが、より良いものにしたいとか、なにかしらの変化を求めると、案外骨の折れる作業が必要となります。

この『はてなブログ』はまだいいですが、以前やっていたワードプレスでは、それはそれは大変な思いをしました。

書くよりもまず、各種設定などすべて自分で組み立てなければいけなかったので、ものすごく時間がかかり、記事を書く余裕もなくなるほどでした。

それに比べれば、この作業は楽しいものです。





ほとんど知識がないも同然なので、素敵なブログを作ることはできません。

デザインなどもいたってシンプル。デザイン性のあるものにしたくても、技量がないのでシンプル以外の選択肢はありません(笑)

それでも楽しいというのは、ただお喋りをするように、書きたいということだけなのでしょう。

普段、息をするのも忘れたように喋っているのに、まだ足りないのでしょうか⁉︎

饒舌にもほどがあると、我ながら思います。。。

誰に話しかけるわけでもなく、自分になにかを問うわけでもなく、ただ感情の垂れ流し。。。

メインブログはともかく、2つのサブブログはまさにそんな感じですが、それでもやっぱり楽しいのです。


私は無趣味な人間なので、10年、20年後、今よりもさらに暇になったら、なにかやりたくてもやりたいことが見つからないというジレンマでジタバタする未来が見えています。

そのためにも、ブログなのです。

これが老後、唯一の趣味となれば、きっと退屈とは無縁となるでしょう。

サブブログはメインブログのテーマである「お菓子」が食べられなくなった時、また完全に興味を失ってしまったときのための保険にもなります。

さすがに3つも作っておけば、どれか一つくらいは残るんじゃないかしら?
そんなところです。

そうは言っても遠き未来のことはわかりません。もしかしたら、来年の今頃はめでたく別の趣味を見つけてブログから遠ざかっている可能性だってゼロではありません。

それならそれで、また新しい趣味を楽しめばいいだけですが。。。

願わくば、どれか一つでも書き続け、80歳過ぎたあたりで、「はてなブログ歴30年、80歳ブロガー」として、『週刊はてなブログ』あたりでピックアップしてもらえたら幸いです。

なにはともあれ、ブログにどっぷり浸かった楽しい一日でした。。。





ちなみに、今日は歌手であった門あさ美さんの生まれた日です。

彼女の姿を見なくなってどれくらい経つでしょうか。
十代になったばかりの私が激しく憧れた女性です。

ポップな曲を歌っても、なぜか翳りが見える美しいその横顔に、少女であった私は見惚れ、部屋にこもっては彼女のレコードをエンドレスで聴き続けたものです。


当時、すでに洋楽を聴くようになっていましたが、それでも日本の歌謡曲と言われるものから完全に離れられなかったのは、彼女のせいかもしれません。

日本の「可愛い」礼讃文化とは対極にある、アンニュイで大人の雰囲気を漂わせた女性でした。

美しいといっても、令和美人のように、目頭切開を疑われるほどクリクリとした大きな目の美人ではありません。

涼しげな、まるで彼女の代表曲である『月下美人』のように、楚々とした雰囲気の女性です。

若い人は彼女の美しい姿を見たこともなければ、素敵な歌声も聴いたことがないでしょう。

しかし、今でもYouTubeなどで、その姿を拝見することができます。

スタジオのセットや周りで踊るダンサーの姿にドン引きするかもしれませんが、それが昭和の時代だったのです。
その辺は見てみないふりをして頂くとして、美しい門あさ美さんの音楽を楽しんでください。

それにしても。。。

もう65歳とは⁉︎
どんなふうに歳を重ねたのか、いまの彼女をみてみたい気もします。

きっと最近復活した、小林麻美さんのように、変わらず美しいのだろうと想像しています。

老後の生活を考え、お金についての気づきを得た「喜」

2020年10月16日(金)

今日の東京は一日中どんよりとしたお天気で、少し寒かったので、今シーズン初めてジャケットを羽織りました。

一昨日からの胃痛も思ったより早く落ち着いて、ホッと一安心したところで、タイミングを見計らったように、お友達からランチのお誘いメールが入りました。

昨日までの苦しみは何処に。。。喉元過ぎればで、いそいそと出かけたのでした。

待ち合わせより少し早めに家を出て、百貨店に寄り、昨日までの苦痛に耐えた自分にご褒美を授けるべく、アクセサリーを買いました。

そういえば、娘が靴を欲しがっていたなと、冬用のブーツもついでに。
下の娘とはサイズが同じなので、あわよくば私が履いてしまおうという算段です。

あまり派手に買い物をすると、夫も真似をして買い物に走るので、あくまでも「子供のもの」とする必要があります。

我が家の夫は私のお金の遣い方にはあまり興味がないようで、「家計が破綻しない限りは好きにして」と、非常に寛大です。

しかし、私があまり買い物をすると、「うちにはお金があるのだな!」と、激しい勘違いをして、お金を遣いまくろうとするので、要注意なのです。





お金に対しては、とても能天気な私達夫婦ですが、50も過ぎれば少しは老後のことも視野に入ってきます。
入れたくはありませんが、勝手に入ってくるので、考えざるを得ません。

今は年金だけでは生活できないと言われていますが、もともと「私達が受給する頃には貰えない」などという話は、何十年も前から言われてきたことなので、その辺りは想定内。はなっから期待はしていません。

払っているのだから、貰えるものは1円たりとも逃すつもりはありませんが。。。

年金はお小遣い程度と考え、では生活費をどこから捻出するかといえば、貯蓄、あとは持っているものを全て売り払い現金化するか、それくらいしか思い浮かびません。

ちょっとしたパートをするという手もありますが、ずっと働いてきた人ならともかく、65歳過ぎてから働き始めるとなると、これはこれで難しそうです。

私が企業の経営者なら、長年使われてこなかったアンティークなど使おうなどとは思いません。

ギーギーうるさいだけで、全く回らない時計のように役に立たないのは想像できますからね。

なんと言ってもポケベル、ワープロ世代です!少し上のお友達になると、タイプライター検定だのなんだのと言い出すくらいなので、まったくお話になりません。

絶望的です。。。

それなら、50代の今のうちから働き始めては?

などと、考えることもあります。

今日もランチの席でそんなことが話題になりました。

ところが、類は友を呼ぶで、みんな私と同じように能天気なのか、

「いまさら遅いわよ。50代になって社会から必要とされると思う?」

「人のお金(夫の稼いだお金)で暮らせる道が残されているうちは、とことん行くわ!」

「いざとなったら、山奥で自給自足の生活するわよ」

「どこかでスポンサー見つけてきて、細々と商いでもやるわ」

などと、ちっとも真剣に考えていません。

これは俗に言うところの「バブル脳」と言うやつでしょうか。。。

「人生なんとかなるもの」

そんな考えがいつも根底にあるのです。

一度染み付いた「金は天下の回りもの」思考は、この令和の時代になった今でも、我々の心に、まるで竹の根のように、強固に張り巡らされ、どんなに時代が変わろうが、揺らぐことはないのです。





結局、今日も「なんとかなるわよ」で終わり。。。

バブル崩壊リーマンショックも経験したけれど、みんな普通にこうやって生きてるじゃない!

と、まるで自分が不老不死であるかのように嬉々として大笑いしている我等。

時代がどう変わろうか、常に運は自分の味方をしてくれていた。
きっとこれからも、死ぬまでずっとそうであろうと根拠のない自信に満ち溢れているのでした。。。


お友達と別れ、帰る道すがら、ふと思いました。

誰にでも訪れる「老い」に、そしてこの冷え冷えとした社会に、私達が目を向けられる日がくるのでしょうか。

気づいた時には手遅れだった。。。

そんなことにならないように、少しでも貯蓄を増やさねば!

よし!抜け駆けだ。
豊かな老後を目指して、1円でも多く貯蓄を増やすのだ!

いつも必ず寄って散財するデパ地下に背を向けて、颯爽と雑踏の中を歩いている時、、、

また、ふと思いました。。。

もしや、みんなもこうして、心の内では何かしらの算段をしているのかもしれない。。。

あれほど、ちゃっかりした連中が、なんのプランもないなどとは考えられない!

これは抜け駆けどころか、置いてきぼりを食わないように、しっかりと老後の生活を考えなければと。。。


帰宅すると、すでに夫は仕事を終え、家でのんびり晩酌中でした。

そこで、今日あった老後不安の話をしてみたところ、、、

「大丈夫!大丈夫!なんとかなるから」

。。。。。。。

バブル脳以上の能天気、根無草体質の外国人。

この人の泥舟に乗るのは危険かもしれない。。。

やはり自分の老後は自分でプランニングするに限る!

お金についての気づきで、デパ地下散財を免れたよい一日でした。





ちなみに、今日は初代内閣総理大臣伊藤博文氏の生まれた日です。

ファーストトピックがお金のお話でしたが、こちらもお金です。


昭和世代にとって、お札といえば一万円、五千円札は「聖徳太子」、千円札が「伊藤博文」そして、五百円札(今はなき札!)は「岩倉具視」というお三方。

子供にとって、紙のお金(お札)は特別なものでした。お菓子を買いに行くのも、お小遣いも、いつも100円玉や50円玉でしたから。

しかし、年に一度、聖徳太子伊藤博文岩倉具視と出会えることがありました。
子供にとって一年に一度のビックイベント、お年玉です!

この時、一番私の元に多くきてくれたのが伊藤博文氏でした。
たまにケチな叔母が岩倉具視氏を連れてきたりしたことはありますが、それと同時に酔っ払った叔父が大盤振る舞いで聖徳太子を授けてくれることもありました。

子供だった私にとって、聖徳太子はまだまだ遠い存在でした。
そんな羨望は令和の時代になっても尾を引き、未だに一万円札を「聖徳太子一人、二人」などとカウントしまうことがあります。
これが通じるのは、まさに年寄りだけですが。。。

それに比べると、やはり伊藤博文は最もしっくりとくるお札だったのです。

とにかく、貰った聖徳太子伊藤博文、そして岩倉具視など数人を、白いビーズのあしらわれたポシェットに詰め、大切に持ち帰ったのを思い出します。。。

それに比べると、今はいささかお金に対するリスペクトが薄れているのかもしれません。

そうでなければ、「おあし」と呼ばれるが如く、私の財布から札が次々と姿を消すこともないでしょう。

これはいけません。

お金は大事なものなのですから、きちんとしまっておかねば。。。

幼き頃を思い出し、お金は大切にしなくちゃ。。。と、改めて思ったのでした。

旅行を巡る家族の喧嘩とアイスクリームに堕ちる「哀」

2020年10月15日(木)

今日は朝から曇り空。ちょっと肌寒い一日でした。

昨日のラーメン餃子から完全に回復していなかったので、お買い物など予定していたことは全てキャンセルして、家でのんびりしていました。

一度調子を崩すと、復活するまでに数日かかるので、その間はなるべく動かないようにしています。動かなければそれだけお腹も空かないので、無理やりに断食状態にし、胃腸を休ませようということです。


それほどまでにダメージを受けている妻に対し、夫は容赦ありません。

健康管理は自己責任であると、労うどころか「自業自得」だと言わんばかりです。

朝、仕事へ出かける前にも、当たり前のような顔をして用事を言いつけていきました。

年末年始のホリデーに旅行へ行きたいらしく、その手配をしろというのです。

しかし、「どこ行きたいの?」と尋ねれば、

「寒いところ。。。」

「例えば?」と、もっと具体的に聞こうとしても、

「どこでもいい」。。。

「今夜なにが食べたい?」と聞いて、「なんでもいい」と言われるのが一番困るという主婦の声をよく聞きますが、それと全く同じです。

「なんでもいい」は一番困るのです。

長年ともに暮らしてきた夫といえど、その頭の中がどうなっているかなど、私にはわかりません。
わかったら、それこそ正気を失いそうなので、わかりたくもありませんが。。。

夫の中で、この「なんでもいい」は、「あなたに決定権を与えます」という意味合いもあり、つまりは「この優しき物分かりのいい夫を、見よ!」と意味を同じくします。

こちらの迷惑には思いも及ばぬようなので、「そういうのが一番迷惑」「恩着せがましい!」と具体的に指摘しますが、理解してはもらえません。

これは言語の問題ではありません。私達2人は、共通言語である「英語」も「日本語」も、意志の疎通をするに十分な程度には話すことができます。

なにが問題かと言えば、お互いに求めるものが異なっている点です。

この20年あまり、外国人である夫が少しでも暮らしやすいようにと、煩雑なことは全て肩代わりしてきました。
それが仇となったのか、すっかり日本に慣れた今でも、私がなんでもやることが当たり前だと思っているのです。

なにも言わなくても、私が全てオーガナイズし、自分はそれに乗っかればいいというのが夫の求めることになっています。

一方の私は、自分でできることは自分でせよ!
して欲しいことがあるなら、具体的な指示をしろ!です。

今回の旅行に関しても、夫が「行きたい」と言えば、私がさっさと手配してくれることを求めているのです。

しかし、ラーメン餃子でダメージを受けた私には、そんな気力はありません。
あわよくば、一日中なにもせず、ソファーに寝っ転がって、韓流ドラマを延々と観続けたい。。。そんな思いです。





朝の様子から、旅行の手配をしているかどうか怪しんだのでしょう。昼になると、メールが届きました。

旅行の件は決まった?

とても楽しみにしている。。。

そんな内容です。
つまりは、催促ということですね。

自分が行きたいところでもあれば、「ここがいい!」と決めて、嬉々として手配しますが、いま家族でどこへ行こうかと考えても、あまり思い浮かびません。
一人なら、断然ひなびた温泉宿でひっそりとこもりたいくらいですが、夫が一緒ではそうもいきません。
なんせ、回遊魚のような人間です。温泉でのんびりなどできるわけがないのです。

とくに年末年始などは混み合う時期です。とくに今年はコロナで足止めされた人たちがGO TOキャンペーンなどを使って、いつも以上に多くの人がそこかしこに拡散するはずです。

私は昔から、お正月とお盆は東京にいたいのです。この時期だけは、ゴミゴミとした東京が閑散として、いつもと違った空気が味わえるからです。

しかし、夫は違います。少しでも休みがあるなら、どこかへ行きたいといいます。

ここからして、求めることが違うのです。


夜、仕事から帰宅した夫が、案の定また尋ねてきました。

「旅行、どこにした?旅行会社に行ったの?」

この人の頭の中にはそれしかないのか?
そう思うほど、同じことしか言いません。

もう答えるのも怠く、知らん顔をしていると、私の心中を察した長女がすかさず夫を制します。

「マミーは具合が悪いんだから、そんなに行きたいなら、自分で手配しなよ」

ここで、いつものように親子喧嘩勃発です。

「一日家にいるのだから、それくらいできるだろう?」

「だから病気なの!」

「病気じゃない!いつもの食べ過ぎだ!」

なんだか、側で聞いていて、情けなくなってきました。。。

ラーメン餃子の食べ過ぎで体調を崩したがために、旅行の手配ができない妻。旅行計画が進まず、子供に八つ当たりする夫。。。

決して立派な親ではなかったけれど、ここまで情けない親でもなかったはずです。

こんな親の元にいると、子供は自分で大人になっていきます。

「みんな、家族旅行に行きたくないのか⁉︎」

そう絶叫する夫に、畳み掛けるように、

「ダディーは、人に頼らず自立しろと、いつも言ってきたよね?自分もそうしたら?」

これにピッキーン!ときたのか、夫は決して言ってはならないことを口にしました。

「オレの稼いだお金でここに住んで、好きなものを食べて、学校まで行かせてもらってるのは誰だ!」

あーあ、それを言っちゃおしまいだわ。。。

そう思いながらも、こうなるとなにを言っても無駄なので知らん顔の私。

しかし、そこに参戦してきた予備校帰りの次女。

「子供を養育するのは、親の義務だ!」

「だから、養ってるだろ⁉︎」

ここまでくると、もう収拾はつきません。。。


長女は日本語で話しますが、次女は英語で話すので、よりダイレクトに響くのか、夫の疳の虫に触るようで、さらにエキサイトするのです。
 
騒音に耐えきれなくなった私は、そっと耳にイヤフォンを差し込みます。

このような醜い争いに心が汚されぬよう、美しいヨーヨーマのチェロを聴き、心を鎮めます。。。

口論が少しでも耳に紛れ込むことがないように、中耳炎になるかと思うほどの大音量で音楽を聴き続けるのです。





最後には、2人の攻撃にぐうの音も出ずに、夫はそっと家を出ていきました。

行き先は近所のコンビニであることは、誰もがわかっています。いつものパターンなので。

そして大量のアイスクリームを買ってきて、それを娘たちにチラつかせるのです。

小さな子供じゃあるまいし。。。

と思うなかれ、ここが我が家のおかしなところ。。。

「わー!私も食べるぅー!」

そう、嬉々としてアイスクリームに飛びつく子供達。。。

私がイヤフォンを外した時には、3人でアイスクリームを食べ、さっきまでの口論はなかったことにでもなったのか、忘れ去られたように話題からは外れていたのでした。。。

しかし、ここで気を抜いてはいけません。
これは終わりではないのです。

きっと明日になれば、また「旅行どこにした?」と平気な顔で聞いてくるはずです。

これがいつものパターン。20年以上も繰り返されてきたことなのですから。。。

これがあと何十年続いていくかと想像すると、怒りよりも哀しみの方が強くなるのでした。。。






ちなみに今日は、ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェの生まれた日です。

多くの若者にとって哲学はまるで麻疹のようなもので、あえて難解なものに挑んでいく時期というのがあります。

私も十代の頃、そんな麻疹にかかりニーチェなどの本を読んだものです。
しかし、哲学のなんたるかなど、これっぽちもわからぬまま、ただ読んだことに満足していたのだろうと思います。

今では、頭の中に哲学の「て」の字も残ってはいません。。。

大人になってから、改めて触れてみると、これは逆に理解できなくて幸いであったと思うほど、物事を拗らせていると思ったのは、私だけでしょうか?

小難しい本から生きる意味など探す必要はありません。

物事は思うほど難しいものではなく、その本質はいつだってとてもシンプルなものだからです。

それでも、ニーチェの残した数々の格言や名言は、時に心の支えとなるような素晴らしいものがあるのも事実です。

さすが歴史に名を残す偉大な哲学者です。

しかし、麻疹は一度かかれば免疫がつきます。
すでに免疫のある私は、もうニーチェに心動がされることはありません。。。

ストレスとラーメンにもたらされた「苦」

2020年10月14日(水)

今日は朝から気乗りのしない予定がいくつか入っていました。
人間生きていれば、やりたくないことをやらなければならないこともあります。

それは決して珍しいことではなく、残念ながら何度も経験しなければならないことです。

避けて通ることができることもあります。しかし、避けていては状況が変わらない、つまり前進できないという場合は、嫌々でもやらねばなりません。

どれだけ経験しようが、嫌なものは嫌で、考えると胃にストレスという名の鉛でも打ち込まれたように重苦しくなります。

嫌いなこと、快くないこと、面倒なこと、不安なこと、全てをまるごと背中に背負い込んだような、救いようのない日と言ったらいいでしょうか。

しかし、そうしたことは、いざ済んでしまえば、「な〜んだ、訳はなかった!」と思えることもあります。それは結果がよかったときに限り、改善の兆しが見えないような足踏み状態の時は、当初の重苦しい気持ちを、しばらくは抱えて過ごすことになります。

こうした気持ちを放置することは、目には見えないけれど、心身の大きなダメージを与えているような気がします。

そこで必要なのが気持ちの切り替えです。

全快せずとも、少しでも暗い気持ちに光がさせば、それだけ憂鬱の重量は軽くなるもの。





気乗りのしない用事を済ませ、なんとかファーストステップをクリアしたものの、依然としてストレスを抱えているのを自覚していたので、帰り道はいつもと違ったことをしようと寄り道をしました。

すなわち、気分転換。

さて、なにをしようか?

ちょうどお昼を過ぎたところで、お腹が空いていたので、まずは腹ごしらえです。

いつもと違うことなら、普段は絶対に食べないものにしよう!

ラーメンだわ。。。

普段、私はラーメンを食べません。

もちろん食べたことはあります。若い頃は飲んだ後のラーメンはお約束でした。

しかし、子供が産まれてからはほとんど食べた記憶がありません。

それは、ラーメンの熱いスープで子供が火傷を負うリスクをなくすための危機管理が発端ですが、そんなことを数年続けているうち、ラーメンを食べるという習慣も失われていました。

いま、ラーメンを食べることは、私にとっては冒険といえるくらいにレアな行動です。
つまり、勇気がいるのです。

久しぶりのラーメンで冠水によるダメージにこの胃腸が耐えられるか?

ラーメンの持つ暴力的なまでのカロリーに、代謝が打ち勝つことができるのか?
(つまり、太らないか。。。)

オフィス街のランチタイム、サラリーマンという猛者達を相手に、席取り合戦に勝利することができるか?

そんなくだらないことに心を奪われることで、憂鬱から離れられそうな気がしました。

さて、どこの店で食べるか?
今日の目的は「美味しいランチ」ではなく、「ラーメンを食べる」です。

味よりもストレス軽減が目的のため、最初に目についたチャイニーズレストランに入りました。

お一人様だったせいか、すんなりと席に案内され、メニューを睨みます。

エビチリ、青椒肉絲、酢豚。。。

食べたいのはそれらです。

しかし、初志貫徹、目的達成のため、シンプルに普通のラーメンを食べることにしました。

周りを見渡すと、OLさんでしょうか、「わたし、食べても太らない体質なんです!」とでも言いそうな、細くて素敵なお嬢さんが、ラーメンを啜りながら餃子を摘んでいました。

よし!私もラーメン餃子だ!

ついつい自分の胃弱も忘れ、気がつくと、ラーメンと餃子をオーダーしていました。

ほどなくすると、もうもうと湯気を立てたラーメンと餃子が一気に運ばれてきました。

うぐ。。。

せめて、餃子を先に、その後に大御所のラーメンを連れてきてくれれば怯むこともないのに。。。

しかし、ランチ時はどこも忙しいもの。贅沢は言えません。

まずは餃子をお一つ。焼き立てが功を奏してか、まずまず。

しかし、ラーメンを一口啜ると、、、

ふがぁ?

見た目はとても濃厚な色濃いスープなのに、出汁の味がない。。。

茶色いお湯に太めの麺がゆらゆらしているだけ。。。

具材は薄い焼豚一枚と、青菜、海苔。

食べ切れる自信を途端になくしました。

しかし、私は出されたものは完食する主義です。途中で気絶でもしない限りはネバーギブアップ!

お酢とラー油の海に泳がせ、塩辛さで武装させた餃子とラーメンを交互に口に運ぶことによって、ラーメンの味をリセットさせながら、一心不乱に食べました!

日頃から「美味しくないものは、たとえ米粒ほどでも胃袋に入れたくない!」という信念のもとで生きているというのに、「出されたものは絶対に残しません」という別の信念が横並びとなり、まさに盾と矛状態に陥っていたのです。

しかし、今日はそんなことに頓着していられませんでした。

全て完食し、水まで飲み干して、大きく盛り上がったお腹を抱えて店を出たのでした。。。

あまりにも美味しくないものを食べてしまった後悔から、帰りには前から食べてみたかったマロンパイを買って帰りました。

お腹が落ち着いたら、今日のお三時のおやつに食べよう!

「ラーメン」という目標も達成したし、おまけに餃子まで完食。食べたかったスイーツも買ったしと、まるで金銀銅のメダルを一度に獲得したような気になり、朝よりはずっと足取りも軽くなったのでした。





ところが。。。

家に着くころになると、危惧していたとおり、胃もたれと喉の渇きが猛烈に襲いかかってきました。

胃がシクシク痛み、下腹の辺りまで差し込んでくるような激痛。
おまけに飲んでも飲んでも全く癒されない喉の渇き。。。

夜になるまでそんな調子で、グッタリと消耗してしまいました。

帰りに買った楽しみにしていたスイーツも結局は自分の口には入らず。。。

「なんでラーメンなわけ?おまけにOLの真似して餃子までつけるとか?歳を考えなさいよ」

なとど失礼なことを言う夫が、私のマロンパイを次々と胃袋に落としていくのを、ただ恨めしく見ているしかありませんでした。


ここで、「今日はとんだ一日だったわ」とは思わないことが大切です。

「ラーメン」は正解だったのです。

このダイレクトな肉体的苦痛は、心的ストレスを忘れさせるほどに強く作用し、朝の憂鬱な気持ちを粉々に打ち砕く結果となったのですから。

つまり、当初の苦痛はよりインパクトの強い苦痛によって上書きされたのです。

肉体的苦痛はそれが去れば忘れてしまえるものです。
私にとっては、心に痛手を負うよりは、よほど楽なことなのです。


なにもせずに、心が暗くなったまま過ごすくらいなら、多少荒療治でも気分を変えるためになにかする。

いつも、そんな風にしてストレスという厄介なものから逃げ回っているのです。


「生きることとは苦しみに他ならない」


仏教ではそんな教えもあります。
苦しむことが前提の生であるなら、これはごくごく当たり前のことで、いわば憂鬱案件もラーメンによる胃痛も修行のようなもの。

期待せず、ただ淡々と苦しみを乗り越えていく。。。
それが自分に与えられた役目であり、生きる意味である。

そんなことを心で唱えながら、いまもシクシクとうずく胃痛に耐えています。

どうか、明日には治っていますように。。。





ちなみに今日は、女優である永作博美さんの生まれた日です。

この方、今年で50歳ですって⁉︎
とてもそう見えませんね。

このようなベビーフェイスの方は、いわば年齢不詳といいますか、たとえ目尻にシワが寄っても、ほとんど劣化を感じさせることなく、いつまでも可愛らしい雰囲気でいられるのが羨ましいところです。

若々しく見えるだけでなく、性格も良さそうに見えるのが、またなんともずるいところ。。。

実際の永作博美さんがどんな性格なのか、まったく存じ上げてはおりませんが、どう見ても意地悪なおばさんには見えません。

私からすると、このような方は、まさに神からの祝福を受けて生まれてきたといえます。
以前、このブログのお誕生日コーナーでも出てきた石田ゆり子さんなどもそのタイプです。

天然。生まれながらにもった資質と言えましょう。

同じアラフィフ世代としては、このような方を見るたびに「ちっ!」と舌打ちしたいほどの嫉妬にかられたりしますが、女優と同列に並ぼうというところが、そもそも図々しいことです。

勝手に張り合うな!と、己をいましめ、「爪の垢でも煎じて飲みましょう」くらいの謙虚さがなければ、人からは可愛い人とは思ってもらえないのです。。。

付箋を用いたアナログなスケジュール管理の「楽」

2020年10月13日(火)

今日は朝からスッキリ晴れていたので、この時とばかりにまとめて大物の洗濯をしました。

真っ白なシーツがハタハタと揺れるのを見るのは、いつだって気持ちがいいものです。

こんな気持ちのいい陽気のせいか、早朝から「ランチいかない?」と、お誘いメールが入ってきました。

昨日、あちこち動き回っていたせいで、今日は少しゆっくりしたかったのですが、念のため今日は何か予定がなかったかと、貼りつけてある付箋に目を走らせます。

私は一応、手書きの手帳も使用しているのですが、それよりも付箋に一件一件予定を書いて貼り付けるのが昔からの習慣になっています。

若い頃は仕事もしていたので、一日に何人もの人に会い、何件もの用事を済ませなければならなかったので、付箋に書いて時系列に貼っておき、終わったものから剥がして捨てるという方法でスケジュール管理をしてきました。


仕事を辞めてからは、予定は一日1件のみ。これを基本とし、特にスケジュール管理をすることはなくなりました。

たった1件さえ頭で覚えていられないというのなら、それは重要な案件ではない。忘れてよし!

そう考えていたのです。

主婦となり、家族のスケジュールも念頭に置かなければいけなくなり、再び付箋復活。
子供のみならず、我が家の夫は日本人ではないので、なにかと用事を肩代わりすることも多かったのです。

しかし10年が経ち、子供たちも成長し、夫もなんとか自分のことは自分でマネージできるようになりました。

ここでまた、付箋は不要に。。。





ところがです、アラフィフエイジとなると、今度は自身の記憶力が猛烈な勢いで衰えてきたのです。

一日1件どころか、一週間に1件でも、コロリと忘れてしまうというボケっぷり。

これはいけない!と、またしても付箋復活です。

その内容といえば、

「病院」

「ランチ会」

「お菓子の販売日、催事関連」

主に3つの項目が予定としてペタペタと貼られています。

このうち、絶対に忘れてはならない病院の予約日は、付箋を見るまでもなく常に頭に入っているから不思議です。

ランチ会に関しては、日にちくらいは覚えているけれど、時間と場所は忘れていることが多いので、付箋は不可欠。

問題はお菓子関連です。
和菓子、洋菓子、巷にあふれかえっているものの中から取捨選択しても、かなりの件数になります。

確認をおろそかにしていると、途端にミスをします。。。

実は、今日も一つミスをしました。





某百貨店で行われている催事を逃したのです。。。
迷った挙句、先週末に「月曜日」に行こう!そう決めて、付箋をペタリとしておいたのですが、昨日は子供の学校やら、をクリニックやらで、すっかり忘れていたのです。

そして、今朝。。。

前途のとおり、お友達からランチのお誘いがきた際に、予定を確認しようとペタペタと貼られた付箋群を見て、お菓子の催事を思い出したのでした。

「ぎゃっ!あの催事、今日が最終日だわ!」

気づいたとき、すぐにでも動けば、その催事には間に合ったでしょう。

しかし、考え直しました。。。

これが果たして、私にとってそれほど重要案件なのか?

病院の予約のように、自身の健康に関わることなら、メモなどとるまでもなく頭に入っているではありませんか!

そう考えると、忘れるということは、あのお菓子もそれほど重要ではないということです。

そもそも、本当に欲しければ、早々に支度をして家を飛び出したはず。
それを、重要か?否か?などと考えているのなら、もう答えは出たも同然。

そんなわけで、催事行きはキャンセル、ついでに急なお誘いであったランチもお断りして、家でゆっくりNetflix三昧することにしたのでした。





付箋がなければ無理だと思ってきましたが、そろそろ付箋依存はやめてみてもいいかも。。。そんなふうにも思います。

昔のように、忘れてしまうようなことなら、それほど重要なことではない。

そう切り捨てていけば、もっと余裕ある生活が送れそうな気もします。

でも。。。

人様との約束を忘れてしまっては、ご迷惑をおかけすることになります。

やはり、最低限のスケジュール管理は必要ということです。

世の中の皆さんは、どんなものを使ってスケジュール管理をしているものなのでしょうか。。。

我が家の面々はみんなスマホのアプリを使っていますが、私はダメです。
家の中でもたびたびスマホが行方不明になるというくらい放置しているので、便利に使える気がしません。

では、手帳は?
わざわざ取り出して、ページを開いてと、そんなプロセスが面倒です。

いつもデスクに座っているような人ならともかく、主婦は家の中でもあちこちウロウロとしているもの。
キッチンで作業している時などは、手帳など開くこともできません。

やっぱり私には付箋が最後の砦。。。

ペタペタしておけば、パッと確認できます。たとえ洗い物の途中で手が濡れていようが、ハンバーグを捏ねた手がベタベタの状態であろうが、視線を向けるだけでOK!

究極のアナログ手法ですが、私にとって付箋によるスケジュール管理は、もっとも向いているように思えます。

色形の違う様々な付箋がペタペタと貼られている様は、カラフルで見ているだけでも楽しくなります。

やっぱり、付箋はやめらませんね。





ちなみに今日は、イギリス初の女性首相であり「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャーさんの生まれた日です。

その異名の通り、鉄の如し意志を持ち、数々の政策を強行突破。
そのおかげでイギリス経済は立て直しに成功しましたが、同時にインフレが進み、街には失業者が溢れるようになりました。

当時、イギリスに渡った私が見たのは、イメージしていたかつての「大英帝国」ではなく、衰退したイギリスの姿でした。

街のパブで聞き耳を立てていると、その強引すぎる政策ゆえ、結構な嫌われ者となっているなと実感できました。

それでも、私にとってはとても無関心ではいられないくらいに、なぜかそそる人でした。。。

何者にも屈しない。
国民にもこびない。
信念だけを抱いて突き進む孤高の女性。

サッチャーさんの行ってきた政策云々はともかくとして、、、

人間として、これほど自分自身を信じ、強く生きられたら、どんなにいいだろうと思ったものです。

「多数に追随するな、自分自身で決断せよ!」

この一言は若い私にとって、とても明るい道標になりました。

私が渡英してまもなく、サッチャーさんは11年のサッチャー政権を閉じるべく辞任しました。
旦那様に説得されたといいますが、「鉄の女」も旦那様の前では違った顔を持っていたのか?ただこれ以上支持は得られないと、見切りをつけたか?

いずれにしても、サッチャー政権のほんの一幕でも、この目で見て体感できたことは、とても有意義であったと思っています。

ただ、その後首相となったジョン・メイジャー氏がどうも物足りなく感じてしまいましたが。。。
パブで出会ったおじさんたちもそう言っていました(笑)

2013年、サッチャーさんは87年の生涯をそっと閉じられましたが、私の中では彼女の残した数々の言葉は、いまだ道に迷ったときの懐中電灯のように、心を明るく照らしてくれるのでした。。。