365の喜怒哀楽

1日2トピック型日記

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許すことができなくても、時間が解決してくれる「楽」

2020年10月31日(土)

月日が経つのは早いものです。。。
今日で10月も最後となり、今年も残すところラスト2ヶ月となりました。

世間では「ハッピー、ハロウィン〜」と盛り上がる日ですが、私にとってはただの10月最後の日です。

子供達は出かけましたが、私は特に何をするでもなく、大きな土鍋いっぱいに作ったおでんをひたすら食べて過ごしました。


一昨日の夫婦喧嘩はまだ尾を引いています。
と言いますか、私が執念深くも根に持っているだけで、夫の方はどうやら穏便に済ませたいと、いつものように平謝りしています。

しかし、ここで簡単に心を開いては、「こんなもんか」と軽く受け取られかねないので、私は寝ている姿しか見せません。

眉間に皺を絶やしてはならぬと、必死で険しい顔で寝続け、夫がちょこっと出かけたすきに、おでんを食べまくっていました。


普段、私は家族の誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝ているので、これは我が家にとっては異常事態です。

いつも動き回っている人間が、突如まったく動かなくなる(本当はこっそりおでんを食べているのですが)。。。

この変化に夫は危機感を募らせ、娘に「マミーは大丈夫だろうか?」と探りを入れてきたそう。

しかし、娘たちは私の手先であり優秀なスパイです。
手助けはしないとばかりに、さっさと出かけてしまいました。





さて、どうしたものか?

許すというのは、簡単なようで難しいものです。

許すことで自分も救われる。

それはよくわかります。
いつまでも心に怒りや蟠りを抱えているのは、その本人にとっても苦しいものです。
許すことで心の重荷を解き放ち、相手も自分も楽になれると。。。

しかし、私は神でも仏でもありません。そしてかなり執念深き蛇のような一面も持ち合わせています。

そう簡単に許してしまっては、自分自身のプライドのなさを嘆き、今度は怒りの矛先が自分に向いてくることでしょう。

怒りのコントロールとはなかなか難しいものです。。。


許すとはその怒りを手放すことだとも言われます。

しかし、怒りは手放せても、新たに湧き上がる思いもあるのです。

怒りの感情も一つではありません。そこには悲しみや悔しさなど、他の感情も混在しています。

それら全てを手放すことが許すということなら、私にとってそれはとても難しいことです。

人を許すことは、自分を許すこと。

そんなことが言われるのは、執着する心を解き放つことこそが、許すという意味になるからなのでしょうか。。。





理屈ではわかっていても、どうしても許せないということもあります。

私のようにくだらない夫婦喧嘩はお話になりませんが、人生を台無しにされるようなことがあれば、おいそれと許すことなどできません。

それこそ報復でもしない限りは、腹の虫が治らないというくらいの怒りもあるでしょう。
さらにはそれ以上の怒りも存在します。。。

そんな時、「許す」ことの意味など、詭弁であると思うはずです。

私にもそんなことの一度や二度は過去にありました。

しかし、今では怒りもわだかまりも全て消えています。

なぜかといえば、それは「時間」です。

「時間が解決してくれる」

よく聞く言葉ですが、これは本当です。

どんな怒りも悲しみも悔しさも、時間の経過と共に薄れ、やがて自然と消えていくのです。

無理に許そうなどとは思わないことです。
そんな聖人君子になる必要はありません。

ただ、その苦しみに耐えていくうちに、いつか忘れられる時が必ずきます。

永遠であるものなどこの世には存在しません。
物事は常に移り変わり、自分もまた変わります。
そうしているうちに、かつてあった激しい怒りや悲しみは、跡形もなく消えていきます。
事実は消えませんが、自分の中にわだかまっていた感情が消え、楽になれる日が必ずくるものです。

昨日までの私の怒りや悲しみも、少しの時間の経過によって薄れてきています。

まだ一緒におでんを食べようとまではいきませんが、私の心もまた楽になってきているようです。





ちなみに今日は、「曲線の女王」と呼ばれた世界的建築家、ザハ・ハディドさんの生まれた日です。

ザハさんの名を一躍有名にしたのは、東京オリンピックに向け新たなデザインが募られた国立競技場のコンペでしょう。

もちろん建築関係界隈では十分に知名度のある方だったでしょうが、そんな世界とは無縁である私にとっては、初めて聞くお名前でした。

私が知る建築家といえば、丹下健三氏や黒川紀章氏、安藤忠雄氏、隈研吾氏あたりしか存じ上げておりませんでしたので。

国立競技場のコンペで見事選ばれたザハさんですが、のちに予算オーバーが原因とかで白紙撤回されたりと一悶着ありました。

このあたり、最初から予算ありきではなかったのか?予期せぬ資材の高騰等、いろいろな理由は囁かれていますが、そんなことは想定内ではなかったのかと、素朴な疑問が湧いてきたりもしました。
なんとなくそれ以外の事情があるような。。。そんな臭いもするので、その辺は言及しないでおきましょう。

そして、結局のところはザハさんのデザインとはかけ離れた国立競技場が出来上がり、正直ガッカリ。。。
おまけに新型コロナで東京オリンピックも延期となり、まるでドミノ倒しのようにバタバタオリンピックの様相を呈しています。。。


それはさておき、彼女が過去に手がけた建築物を見ると、大胆でありながら、女性的とでも言いますか、さすが「曲線の女王」という異名をとるだけに、素晴らしい作品ばかりです。

あの、古き良き時代の流線形コルベットのような美しき曲線美を配した、胸躍るような近未来的なデザイン。
あれが出来たら、さぞ素敵だろうと思っていたので、誠に残念でなりません。

デザインのみならず建築物としての機能、つまりあんなとんでもない形をしていながらも、倒壊しない設計であるとか、私からしたら人間技とは思えません。

まるでミステリーサークルやナスカの地上絵のように、もしや宇宙人の作ったものではないか?と思ってしまうほどです。

それほどの才能を持ったザハさんですが、残念ながら2016年にお亡くなりになっています。
まだまだこれから活躍が期待されていた、稀有な才能を持った女性建築家です。
国立競技場を見るたびに、「残念」の言葉しか浮かびません。。。